とりあえず始めてみます老いじたく

ねんきん定期便をきっかけに老活してみることに

科学的に元気になる方法集めました



もうね、こんなタイトルの本を図書館で予約している時点で、やっぱり疲れているのです。
この一年、けっこうしんどかったな。
想定外のことがいくつも起きて、なんだか仕事がどんどん増えて。
職場環境は、良かったのです。
気持ちの良い人たちと、仕事ができてラッキーでした。
教えてもらったことも沢山。
でも、やっぱり自分の許容量を超えてしまってました。

来月からは、お仕事を減らすことにしております。
収入も減りますが、これからの私の目標は、とにかく長くしぶとく働き続けること。
最近流行りのサスティナビリティ、ってやつですね。
(地球規模じゃないけど)

いつまで続くんだろ、この生活。
とか
あと○年したら、辞めてやる。
とか
そんなことを考えなくて良い程度に、
むしろ、
このまま、ずっと続けたいわ。。。
と思える程度に、働くつもりです。

とは言え、やる気が持続するに越したことはないので、早速読んでみました。

本書は、科学的に根拠があるとされている、38通りのやる気が起きる方法が、5つのテーマに分けて紹介されています。

ところで、この”科学的に根拠がある”と言う言葉くらいあてにならないものはない、と常々思っているので、まあ、その辺りは話半分に気楽な感じで。

第3章の”元気になるために、『やってはいけない!』習慣”は、目次を見るだけでも、確かに、それはやらんほうがいいだろう、と言うことが挙げられているので、目次を読む程度でスルーしても良さそうでした。

提案されているのは、それはそうだろうな、と思うようなライフハックですが、やっぱり、どこぞの大学のえらい研究者たちが実験をして、その効果を確認しました、なんて書かれていると、『なるほど、やってみようかな』と思うから不思議なものです。

個人的には、フェイクの笑顔であってもストレス軽減に役立つ、と言う話が、興味深かったです。
やっぱり、人間、笑顔の人と一緒に仕事や生活をしたいと思うものだ、と言うことも。

昔々、リュックベッソンの映画『ニキータ』で、ヒロインにお化粧やおしゃれを指南する元女スパイ(カトリーヌ・ドヌーブがやってましたっけ)がヒロインに言うセリフ。
『とにかく、笑顔になりなさい。間抜けに見えるかもしれないけれど、笑顔の人間に敵意を持つ人はいない(記憶頼りなので、正確には違うかもしれないけど)』
を思い出したりして。

他にも、ぼーっとする時間が脳のパフォーマンスを上げる、とか、ぼーっとするためには、お茶やコーヒーを淹れるといい。
待っている時間は砂時計を眺めていると、良い。
など、今日からでもできそうなことが、たくさん載っています。

チコちゃんには叱られそうですが、早速、お茶でも入れてぼーっとしようかな。

青空を見るのも、良いそうですね。

普段歩いてますので、お天気の良い日は信号待ちの時なんか、意識して空を見上げるようにしよう、と思いました。

ところでコーヒーと紅茶ですが、一杯に含まれるカフェインの量はコーヒーの方が三倍くらい多いらしい。
ですので、たくさん飲むのなら紅茶の方がいいみたい。
コーヒーの適量は1日に3杯程度だそうです。

幸い私はコーヒーはインスタントは嫌いだし、缶コーヒーも苦手。
レギュラーコーヒーは好きだけど、1日三杯以上飲むと胃がもたれてしんどくのなるので、飲みすぎることはないのでした。

お酒で、これができたらねぇ。

翔んで埼玉


出典:映画.com

本当は、クリント・イーストウッドの『運び屋』を観にいく予定だったのです。
それが、何がどうなったのやら『翔んで埼玉』
ギャグ漫画の実写版、で、その上、特定の地域をこれでもか、と言うくらいにディスっている炎上リスク大の映画にも関わらず、大ヒットしているそうな。

滅多に邦画を観ない私たちですが、これは本当に面白かった

なんか疲れてて、もう何も考えずに楽しいもの観たい、裏を考えずに笑いたい、と言う時には、心からおすすめ、です。
上映中も、あちこちでクスクス笑いが聞こえてきてましたっけ。
埼玉および千葉、茨城、群馬を、とにかくボロカスに貶してますが、一巡回ってそれがギャグになっている。
随所にボーイズラブテイストが散りばめられているので、そう言うのが苦手な人には、イマイチかもしれませんが、癖の強い役を、さらに癖の強い出で立ちで役者さんたちがまじめ度全開でやっていて、良かったです。

帰ってきて、アマゾンで原作漫画も買ってしまった。
忘れないうちに、原作との比較もかねてネタバレ全開の感想です。














明治維新後の日本。
東京と神奈川が独立し、周囲の埼玉や千葉、茨城、群馬といった関東エリアの県を差別している、と言うパラレルワールド(?)みたいな世界。
例えば、他県の住民が東京に入るのには通行手形がいるとか、都民しか許されていない場所にうっかり入ると、それだけで逮捕されて百叩きの上、強制送還、と言う目にあいます。
一方で、東京も東京でその住むところでランク付けがされていて、エリートの住む場所とそうでないところとがあります。

そんな世界のエリート中のエリートを養成するのが白鵬堂学園。
クラスは、学生の住む場所で分けられており、一番都会度が高いとされるエリートクラスのA組から、もっとも下級のZ組まで、それぞれに制服も教室も違い、格差は歴然としています。
Z組は、親が仕事の都合で東京に住んでいるけれど、元々は埼玉出身の生徒たちのクラス。
東京都民用の校舎に入ることすら許されない、差別を受けています。
それでも、彼らが屈辱に耐え通学しているのは、白鵬堂学園が特別な学校だから。
とにかく卒業するだけで、東京都民としての資格が得られます。
なんか、出身地域で就職とか進学とかが差別されてる国、あったよな。
もちろん、この作品はそう言うことを皮肉っているわけではありません。
あくまでギャグ漫画ですから。

さて、その白鳳堂学園に、アメリカ帰りの麗麻実と言う少年が転校してきます。
転入したのはトップクラスA組。
美しい転校生にときめく女生徒たち。
早速取り巻きとなって、自治会長の元へ案内します。
自治会長は、東京都知事の息子・百美。
生まれ育ちもよく、優れた頭脳と美貌を兼ね備えた百美は、少々世間知らずなおぼっちゃま。
埼玉県民が差別を受けていることに、何の疑問も持っておらず、むしろ体調不良で医務室に行きたいと希望する埼玉県出身のZ組生徒に『草でも食わせておけ、埼玉県民ならそれで治る』と言い放つ始末。

そんな百美に公然と楯突く麻実。

仕返しに追い出そうとするも、ことごとくやられてしまいます。

原作では、学力テストで競ったり、スポーツで競ったりしてますが、映画ではなんと都会度テイスティング、という空気を嗅いで、どこの地域の空気か、を当てるというテスト。
これだけでも、バカバカしくて笑えます。
このテイスティングの場面、すごく好き。

仕掛けた挑戦をあっさり返され、地団駄を踏んで悔しがる百美。
が、ふとしたことでファースト・キスを奪われ、麻実に恋心を抱きます。

ところが、強引にデートに連れ出した先で、麻実が埼玉県民だとバレてしまいます。
恋しい人が埼玉県民だと知って、動揺しつつも一緒に逃げようと言う百美。
しかし、所沢、と言う言葉を聞いて一瞬躊躇してしまいます。

原作では、この後麻実はいったん埼玉に戻り、実家でレジスタンス活動を開始。
悶々と過ごす百美は、祖父と大物政治家との密談を盗み聞きして麻実の暗殺計画を知り、阻止するためにあえて埼玉へ向かうのですが、映画では、追いついて一緒に池袋に潜伏。
そこから、上野発の常磐線で茨城を経由して埼玉へ入ろうと計画します。

以前は茨城に住んでましたのでね、我孫子、松戸、柏、といった駅名が懐かしい。
原作での茨城の扱いは、埼玉を上回ります。
もう前人未到の未開地扱いです。
東京から差別されるその埼玉に出稼ぎに来ている茨城県人。
埼玉県人に蔑まれている茨城。
作者は新潟出身だそうですが、茨城に何か恨みでもあるのでしょうかね。

残念ながら、映画でも二人が茨城に入ることはなく、柏でヌーの大群に行く手を阻まれてましたっけ。

柏で降りた二人は、千葉県解放戦線の戦士に捕まってしまいます。
実は、百美の家に代々務める執事・阿久津は千葉県解放戦線の指揮官だったのです。
拷問にピーナッツを詰め込むとか、九十九里浜の地引網を引かせるとか、偏見たっぷりのギャグにボーイズラブが絡められてます。

あわやというところで、乱入してきた埼玉デュークの一派に救われる二人。
埼玉デュークとは、埼玉県民でありながら埼玉臭が全くなく、そのため東京都に住んで革命を起こそうとしていた伝説の人物でした。
埼玉デュークのおかげで、一息ついた二人。
そこで歴代の東京都知事が、手形通行制度を利用して私腹を肥やしていたことを知ります。
証拠となる金塊を見つけようと言う百美。
しかし、百美はサイタマラリアと言う風土病に罹患してしまいます。

サイタマラリアねぇ。

ここで客席の人々が、こらえきれず漏らす笑い声が漏れ聞こえてくる。
なんなのこれ、た、楽しい。

ちなみにサイタマラリアに感染すると、身体に『さ』の字の発疹が浮かび上がります。
命の危険さえあるサイタマラリア
治療のため隠密に、埼玉デュークに連れられて東京へ向かう百美。
しかし、道中何者かに襲われてしまいます。

この辺りで原作から話が離れていきます。
と言うより、原作自体が未完でこの辺りで終わってるの。
あとは、映画の方が話を膨らませ、妄想全開、自由自在、得手勝手に暴走していきます。

これぞ映画版の真骨頂。

なぜか無事に自宅に戻り、病気も癒えた百美。
しかし、春日部の麻実の元へは埼玉デューク暗殺の知らせが。
千葉解放戦線は埼玉解放戦線を潰して、その功績で千葉の通行手形制度を撤廃しようと図っていました。

いよいよ決戦が近づきます。

東京都知事は、利潤を生む通行手形制度を撤廃する気は無く、神奈川県知事と組んで裏で手を回していたのでした。
神奈川って、東京と同格だったのね。
そもそも関東圏の住民ですらない、鹿児島県人にはその辺の空気がちょっとわからなかった。
そういえば、ブラタモリで武蔵小杉が憧れの高級住宅街扱いされてたな。

そして、百美は父の執務室を探り、汚職の証拠となる金塊を見つけるため、群馬へ。
この群馬の秘境ぶりも良いなぁ。

そして、いよいよ埼玉VS千葉の戦いが、火蓋を切って落とされます。
お互いの陣営の、地元出身有名人対決が面白い。

そしていよいよ両陣営入り乱れての乱戦へ突入。
ほくそ笑む東京都知事
と、思いきや両陣営とも一丸となって東京都庁へ行軍してきます。
あれ?
いつの間に共闘する関係に?

実は暗殺された、と思われた埼玉デュークは生きていて、神奈川の暗躍を知り、千葉と手を組むことにしたのでした。
そして、群馬から証拠を持って帰ってきた百美も戦いに加わり、父である東京都知事と対決します。

最後は、汚職を暴かれた東京都知事が逮捕され、埼玉と千葉は仲良くなり、新しい未来が。

そして全国に埼玉を広め、全国を埼玉化した二人。
次は世界を埼玉化する目標を掲げるのでした。
世界を埼玉に!?
どんだけ風呂敷広げてるんだか。。。。

とにかく、めでたしめでたし。

実に馬鹿馬鹿しくて、面白かったのでした。





その辺の事情


在宅訪問診療には”在宅”の文字が入っていますが、施設に入居されている患者さんのところに、ももちろんお伺いしております。

一部、私たちが行けない施設もあって、いわゆる”特老”と呼ばれる特別養護老人施設は、常勤医がいるのが建前なので、医療は別となります。
なので、今まで長いことおつきあいがあった患者さんでも特老に移るとなると、『さようなら〜、長いことお世話になりました〜』になっちゃうんですね。
特老は終身利用の場所なので、最後の看取りまでしてくれます。

さて特老でなくても、最近は最後の看取りまでしてくれる施設も増えてきました。
看取りとなるお年寄りは全員が全員、老衰、とは限りません。
癌で亡くなる方も、けっこういらっしゃいます。
癌性疼痛の治療のための麻薬の投与や、比較的副作用が少ない抗がん剤の投与も、大抵の施設ではしてくれます。
実際、お年寄りの最期は老衰でも、癌でも、肺炎でも症状は割と穏やかなことが多いです。
歳をとると、病気に反応する力も衰えるのでしょうね、それがいい意味で、体の負担を減らしてくれているような気がします。
なんとなく寝てばっかりいるようになって、ご飯も食べなくなって、なんとなく徐々に弱っていって、と少しずつ進行することが多い。

とある施設の入居さんも、そんな感じの方でした。
ホルモン系の抗がん剤を服用されていますが、それだけ。
痛みもないのか、痛み止めは使っていません。
最近、元気が無くなって、食事を勧めても『いらないの』『食べたくないの』と。
そういう時、うちのクリニックでは『無理せず、食べられるだけ食べてもらう』という方針です。

中には家族が『どうしても栄養を取らせたい』『何もしないのは嫌だ』と希望されることもあります。
そういう時は、これもまた自然の経過ですよ、と一応は説明するけど、近しい家族に死が近づいていることを受け入れ難いのも、また人情。
なので、場合によっては点滴を続けたり、胃瘻を作るための手配*をしたりします。

この方の場合は、身寄りがほとんどない、とのことで胃瘻も点滴も希望なし。
訪問時はベッド内で寝ていることが多いですが、声をかけたらにこにこと笑顔を見せて、返事もしてくださいます。
徐々に進んで行くにしても、まだまだ良い時間が過ごせそう。
と、診察が終わって帰ろうか、という頃になって施設の担当の方から『最近、癌が大きくなってきているんですけど、このままで良いんでしょうかね』と。
服用中の抗がん剤がもうあまり効いてないんですね。
それで、さらなる治療をしなくて良いのかどうか、施設としても気になるところです。
本人の強い希望があって、無治療の方針ならば、それはそれで良いのです。
もし痛みが出てきたとしても対応できますし、その他の辛い症状も、緩和する治療はしていけます。
ただ、抗がん剤の変更などの積極的治療となると、さて。

改めてカルテをチェックしましたが、そこのところがはっきり書いていない。
本人はというと、確かにあんまり積極的な治療はしたくなさそうだけど、本当にそうかどうか、認知症もあってはっきりしません。

結局、他のスタッフが事情を知っていました。
なんでも十数年前に癌と診断された時点で、本人が明確に積極的な治療はしない、と言い、その方針で過ごしてきたこと。
幸い癌の進行が、本当にゆっくりで今に至っている、ということが判明。
というわけで、この方の場合は一件落着、だったのです。

でも今後、こういうケースって増えてくるんじゃないか、と思うと、ちょっと心配になりました。

今回は、事情を知っているスタッフがいましたけど、なんしろ転職、離職の多いこの業界。
本人の治療や最期についての希望がどうなのか、そのあたりの事情や経緯をちゃんと知っていて、説明してくれる人がいない、という場合もあり得ます。

長いこと関わりをほとんど持たなかった親族や家族が突然やってきて、事態をごちゃごちゃにして、結果、不幸なことになる、という状況が珍しくもない昨今。
さらに、うるさい身内(失礼!)がいなくても、倫理的にどうなのか、を事情を知らない第三者が介入してくることだってあり得ます。
そんな時、本人や本人に関わる周りの人たちの安寧のためにも、その辺の事情って、ちゃんと文章に残しておくのは大事なんじゃないのかな、と思ったのでした。




胃瘻を作る手配*
胃瘻を作るのはちょっとした小手術になるので、往診のついでにちょこちょこっと、というわけにはいきません。
大抵は、専門の病院に一泊か二泊の入院で作ってもらうことになります。

往診グッズ


訪問診療に持っていくもの。
血圧計、採血や点滴関連の医療器具は、クリニックの標準装備としてカバンにセットしてあります。

点滴台や、点滴パックを吊るす器具は現地で調達。
無くても、あるものを工夫してなんとかします。
よく使うのは、クリーニング屋さんでもらう付録の針金ハンガー。
これを伸ばしてちょっと曲げて、フックのところを利用して長押に引っ掛ける。
昔ながらの和室なら、これで大抵うまくいきます。
引っ掛けるところがない洋間だと、ちょっと困る。
洋服掛けだとか、カーテンレールだとか、ひらめきがものを言います。
いつだったか、固定用のシーネ(固定具の一種ですね)の代わりにおしゃもじを転用したこともある。
おしゃもじの丸いところを握っててもらって、下手なシーネよりよっぽど良い感じでしたっけ。

さて、標準装備以外に個人的に持っていくもの。
これは、人それぞれで違います。
空手でお財布(お昼ご飯用)と聴診器だけ持って、という先生もいるけど、私は心配性なので、困ったときのカンニング用の参考書も持って行きたいし、雑用手袋やシューカバーも自前で用意している。
それから急な雨に対応するためのカッパでしょ、車に乗ってても日差しが強い日もあるから、吸盤付きの日除けも要るよね。
カルテに人体を描くとき用のスタンプでしょ、予備のボールペン、ポストイット、ハサミなんかの文具関係。
もちろん、聴診器とペンライト、ボールペン、褥瘡や腫瘤の大きさを記載したいことがあるから物差し、あと駆血帯はポケットに入れてる。

そして、さらにカバンに入れているのが、こちら。



かゆみ止めは、言うに及びませんよね。
座っていると、なんか怪しい家ってあるんですよ。
ワンコとかニャンコとか、皆さん手入れが行き届いてるお家ばかりではありませんし。
なるべく長い靴下を履いていくように、心がけてはいるんですけどね。
消毒用のスプレーも、すぐに手を洗えない環境って割とあるので。
同じように、お家によっては庭の手入れが行き届かなくなってて、すんごい藪の中に住んでる家もあったりするので、夏場の虫除けスプレーは必需品です。
そして、さらにリセッシュ。
これが必要なのには深いわけがある。


www.ro-katu.com

在宅訪問診療は、意外とサバイバル、なのでした。

僕らはみんな生きている


写真の建物は本文に関係ありません。

在宅訪問診療をやっていると、あそこは行きたくないなぁ〜と言うところは、やっぱり、あります。
行きたくない理由は、様々です。
そしてわたしが一番行きたくないのは、やっぱり臭いのきつい家。

人間、生きていれば飲み物を飲み、ご飯を食べます。
そして、ご飯を食べれば生体活動の結果が、なにがしかの形で出てきます。
それらが速やかに処理されてくれたら良いのですけどね、中にはうっかりあるべきところではないところに、放置されてしまってたりして。
今度は自然界の、目に見えないけど活発に活動している様々な生命体による生命活動によって、さらに変化が起きて、その結果生じる生成物というのは、私たち人間にとってはかなりの不快を伴うものだったりするのです。


いっそのこと傾きかけたような古い木造家屋なら、あちこちに生じた隙間が期せずして換気してくれますので、まだまし、と言えなくもない。
これが、最近のコンクリート製の密閉度の高い建物となると。。。。
脈々と続く生命活動と現代建築の長年のコラボによる熟成された成果が、半端、無い。
窓を閉め切った狭い部屋に充満したその空気は、それだけで十分、毒ガス、と言ってもいいレベル。

言わないけど。

ひととおりの診察をしつつ、ふと目をあげると、かつては白かったであろう黄ばんだ壁紙のところどころに、茶色のシミが、それも見ようによっては、指の形のシミがある。
あたかも、何かをなすりつけたかのよう。
しかも、一つや二つじゃ無い。
よく見ると、様々な濃淡で重ねられている。
振り返れば、後ろの壁にも同じようなシミが、ちょうど患者さんが手を伸ばせばそこに着きそうな位置に。。。。
これ以上見てはいけない!と理性が警告すれど、勝手に動いてしまう視線。
よせばいいのに、見ては行けないところに目がいく。
もうここまで来たら、一種のホラーです。

そう言えば、玄関先に敷かれてあった色も褪せた古いラグ。
雨の日とはいえ不自然にじっとり湿気てたな。。。。

終わって、家を辞したあと。
立派なドアが閉まると、そこは別世界。
ごく普通の日常生活がいとまれている、真っ当な世界。

このギャップが、なんとも言えない。

車に戻っても、気のせいかさっきの家の空気がまとわりついているような気がする。
ふとした拍子に、臭いが戻ってくる。
何かの呪いっ!?
と、一瞬ビビるけど、何の事は無い。
診察着に臭いが染み付いていたのでした。
しばらく取れないのよね、これが。。。。

それも怖い気がしますけど。


確かに、歳をとれば身体も衰えてきます。
間に合わないことだって、ある。
認知が進めば、そこにあるモノがなんなのか、よく理解できない、ということも、ある。
そして、適切な処理ができないことだって、ある。

そこは重々わかっております。

わかってるけどね。
頭で理解するのと、身体が生き物として反応してしまうこととは、違います。
防護服着て入るわけには、いかないからなぁ。

猫や犬のも辛いけど、人間のが一番こたえる気がするのは、やはり同じ人であることに、かつてはきちんとしていたであろう人、というものに凄惨なものを感じるからでしょうか。

春が近づいて、暖かい日が増えて参りました。
微生物の活動=腐敗、も活発になってきます。
暖かくなって過ごしやすくなるのは嬉しい反面、、、、。
という日々を過ごしているのでした。


せめて画像だけでもいい香りのものを(汗)

終のすみか



時々、看護師さんと『理想の終のすみか』の話をします。
こういう暮らしがいいよね〜みたいなものですね。
お互い、いずれはお一人様老後になる可能性が高いもの同士、わりに現実的な内容になりがち。

そして私も含め、施設という選択肢は無い。
施設はね、良いな、と思うところはあるけど、結局は経営している人次第、勤務している人次第。
どんなに、良い人がいても、私たちがお世話になる頃にはもう居ないもんね。
自宅でも、ヘルパーさんや訪問看護師さんに入ってもらったら、お一人様でも最期の最後までなんとかなる。
確かに一人でいる時間のが多いから、寂しいし、不安、という意見もあるかもしれない。
だけど他人の目が常にある、ってのは煩わしいこともあるしね。
下手な施設に入って、虐待とかネグレクトとか、期待はずれなことになるよりマシかもしれないよ。
施設でだって、『朝、起こしに行ったら亡くなってました』ってこともある。
だったら、毎朝ヘルパーさんが来てくれる環境と大して変わらないもんね。

ここだけの話、ある介護施設障害者雇用も積極的にやっていて、それはそれで良いのだけれど、ある利用者さんは、夜にトイレに行こうと転倒して骨折した時、朝食を運んできた職員さんが知的障害のある人で、他人に助けを呼ぶってことが出来なくて、結局、たまたまその日、訪問してきた友人に発見されるまで、ずっと床に失禁したまま転がっていたそうです。

そういうのは、嫌だな、やっぱり。

さて、私たちが終の住処として想定するのは。。。
まず、四畳半一間程度のこじんまりとしたスペース。
無駄に広いと、かえって不便です。

トイレは、足腰が弱っても一人で根性でいざっていけるように、同一平面上にね。
トイレは広めで掃除がしやすいことは、言うまでもありません。
移動中に発作を起こすとか、転ぶとかで、うっかり動けなくなって、そのまま一人で何時間も寝転がってる羽目になる危険性もあるから、柔らかめでかつ暖かい床材は外せません。
だけど粗相しちゃうことも考えて、カーペットみたいなのは不可。
絨毯も危険です。
すぐに拭き取れるような素材が良いですね。
個人的にはコルク素材なんか良いんじゃないかしら、と思うのだけど。

そして、部屋の真ん中には座卓なりコタツなりを置いて、必要なものは、全部手の届くところに置くの。
退屈しないように、画質のいいモニターとゲームも欲しいな。
Amazonプライムや、Netflixみたいな配信サービスも充実してて欲しいです。

服はね、もうファッション性より着心地重視で。
マジックテープは、意外と余計なところに引っ付いて不便だから、大きめのボタンかスナップをつけてください。
看護師さんが言うには、ヘルパーさんにまめに洗濯して貰えるだろうから、全部で10枚くらいあれば良いって。
色違いで着る順番を決めておけば、いつ着替えたかもすぐわかる。
お風呂の後は何色、って決めておいても良いかもね。
ちなみにお風呂は『内風呂じゃ無いと嫌』、なんて贅沢は言いません。
デイケアで入れてもらえば良いよね、というのが結論です。
温泉大好き鹿児島人だから、温泉に連れて行ってもらえたら嬉しいな。

収納は、認知が進むとやばいものをしまい込んだりするかもしれないから、あえて作らない。
全部オープンな棚に、蓋のない籠に入れて並べて一目でわかるように。
籠はさすがに百均じゃなくて、もう少しおしゃれなものにしてほしい、せめて無印あたりでお願いします。







こういうものを飾る余裕も欲しいですね

祭祀という問題



早いもので、義父が亡くなって一年が経とうとしております。
そしてやってきた一周忌。
命日は確か17日なのだけれど、例のお寺さんの都合で今日することに。

申し訳ないけど、私はお仕事、ということにさせていただきました。

義父を偲ぶことに、いささかの異論も異議もないのではありますが、義姉や義母の信心するそのお寺さんが(というか、そのお寺の庵主さんが)どうにも苦手、なのです。

先祖の振る舞いが、今を生きる自分たちの不幸を招いており、今の私たちが不幸なのは、誰だか知らない先祖の誰かが仏の道に背いたから、だとか、その不幸を正すためには(庵主さんがいうところの)正しい仏の道を実践し続けること、だとか。
そうすれば、DV夫もニートの息子も心を入れ替えて真っ当な人間になってくれる、という教えは、どうも私にはついていけない。
それを強要されるのも嫌だし、うちの子供達は庵主さん的には、不幸&不忠の子供達なのだろうけど、そしてそれは私の言動が悪いからなんだろうけど、それをいちいち当てこすられるのもうんざり、なのです。

いつだったか、その手の説教の時に、”ある開業医の奥さんは、いつも信心しているフリだけで心のこもった行をしないでいたら、息子がグレて学校を辞めて、居酒屋のバイトを始めたので、(奥さんが)心を入れ替えて、信心深く行に励んだら、息子が医学部に入るといい出して、何年か浪人したけど医学部に入り、今では立派なお医者さんになりましたとさ”という話を、していた。
わたし的には、医学部に入るのが仏の道なんか〜い、とか、居酒屋で働くのはダメで、医学部に入るのはいいのか??とか、結局頑張ったのは息子だろうが〜とか、いっぱいツッコミどころはあったのだけれど、居合わせた人々が真剣な顔で聞き入っていたので、黙ってました。

というわけで、私は絶対、欠席させていただく旨、相方のおじさんには伝えていた。
おじさんも、私が庵主さんが嫌いなことをよく知っているので、まあ、黙認。
とはいえ、少々、気まずい感じにはなりました。

相方のおじさんと一緒になって、ほぼ四半世紀。
今更、愛情たっぷり、とは言い難いけど、まあまあ、喧嘩もせずに暮らしております。
月に何度かは、一緒に映画を観に行くし、時には奮発して温泉旅行に行ったりもしてる。
お互い、相手の嫌がることはあらかじめ回避する、という非常に消極的はあるものの効果的な戦略を取ることで、培ってきた友好関係、とでもいいましょうか。

それが、どうもこういう”家”が絡むこと、ついでに宗教が絡むことになると、微妙にささくれだってしまう。

以前通っていた英会話教室の先生は、イギリス出身でしたが、お母さんがアイルランド人、お父さんがイギリス人だったそうな。
お母さんはカソリック、お父さんはプロテスタント
先生自身は、お母さんの希望でカソリック系の学校へ進学したそう。
だけど宗派が違うことを承知の上で結婚したから、揉めたことはない、と言っていたっけ。

あらかじめ、覚悟していると揉めないんでしょうかね。
過去に血で血を洗うような紛争を経験している分、現代の人々の反応は、大人、なのかしらね。

だけど私たち日本人はそもそも、宗教が違う、とか宗派が違う、とかあんまり考えて結婚決めてないしな。
と思って、ネットの相談事をのぞいてみると、割と多いみたいですね。
お互いの家のしきたりの違いで、拗れちゃうのって。
特に、お墓とか葬式関係が絡むと面倒臭いらしい。

そういえば、私たち母娘も父が亡くなった時に、何だったかでうっかり親族間の礼を失することを、しでかしたらしく(誰かの前に、誰かに連絡を入れるべきだったのに、順番を飛ばした、とかで)、とある親戚の女性から絶縁されたことがあったな。
父がいたら、誰が小煩いことを言いそうか、あらかじめ予想して対応できたのでしょうけど、その父の葬式でしたのでね。
もともと少々気疲れする人だったので、絶縁されても痛くも痒くもなかったし、かえって良かったよね、と母と笑ったものでしたが。。。。
その節は、失礼しましたm(._.)m

死者をいかに祀るか、というのは当人が何も言わない分、残った人々が、ある意味死者の希望を忖度しながらやらないとけないわけで、そこには無限の選択肢があって、それぞれに『こうするべきな』ことと『それは許しがたいほどに常識はずれな』ことがあって、本当にややこしくて、しんどいものなのだな、としみじみ思うのでした。