とりあえず始めてみます老いじたく

ねんきん定期便をきっかけに老活してみることに

先生が決めてください


介護の過程で、患者さんが急変する。
そうでなくても状態が進んで、さらなる治療をどうすれば良いのか決めなくてはいけなくなる。
そういう事は家族である以上、避けては通れません。

例えば、胃瘻にする。
例えば、透析を始める。
例えば、入院させる。
例えば、詳しい検査を受けるために専門医に連れて行く。

本人がはっきり希望すればまだしも、認知が進んでいたり寝たきりでほとんど意思疎通が取れなくなっていたりした時、どうするか。

事前に話し合っておきましょう。

メディアを始め、色々なところでそんな風に言われます。
だけど、そう言われて『じゃあ、早速』と話し合ったなんて家族、ほとんど知らない。
だってちゃんと話し合っていた家族は、そもそも、決定の場で揉めませんもの。

困るのが、決められないご家族。
そして、言い放つ上記のセリフ。
『もう、どうして良いかわかりません。先生が決めてください』
ひと昔だったらね、父権的温情主義の権化みたいなお医者さんが、一言、きっぱり言って決めてくれてたんでしょうけどね。

民主主義ですよ、世の中は。
自己決定権を尊重するのです。
そうなるために、様々な世代の様々な立場の人たちが苦労して勝ち取ったのです。
その上言いたくないけど今や、訴訟社会。
後出しジャンケン、出したが勝ちの世の中。
でございます。

だいたい、自分の親なんですから、他人に決めてもらってどうするの?
なんて事は、口裂けても言いませんけど。

本人が何を望んでいるか、口に出しては言わなくても、普段の生活でしっかり関わっていたら、多少なりとも推測できないのかな、と思う。
例えば、『胃瘻は嫌』とはっきり言ってなくても、”口にご飯を入れると本当に嬉しそうにしていた”とか、”注射が嫌いで、病院に行くのが本当に嫌いだった”とか、そんな事でも良い、と思うのです。
その人の生きてきた姿を、今生きている人間の中で一番知ってるはず、思い出もあるはず。

『(本人が何を望んでいたか)私にはわからないので』
とおっしゃいますけど、そんなの本人じゃないんですから、誰にもわかるわけがないんです。
だから、人に押し付ける言い訳にしないでほしい。
思い出も共感もない赤の他人に、決定させて、そう言う人ほど、後から『そんな風には聞かされていない』と後出しジャンケンするもの。

だから、私たちにできる答えは申し訳ないけど。

『ご家族で決めてください』

しかないのです。


食べさせてあげてください


誤嚥性肺炎。
統計上はどうなのか知らないけど、お年寄りの死亡原因としてはダントツに多いと思う。

老化が進むと身体の色々な機能が落ちてきます。
もうそれはどうしようもない。
機能の落ち方は人それぞれ、身体それぞれ。
若いうちから白髪が多い人もいれば、年取っても白髪が全然ない人もいるように、老化の現れ方は本当にそれぞれ違う。

ご飯はぎりぎりまで普通に食べていた、と言う人もいれば、食欲はあるけど食べる能力の方が先に落ちてしまった、と言う人もいます。
困るのは、食べたがるけど食べられない人。

本人は食べる気満々で、『ご飯』と聞くと、うとうと寝てたのにすかさずお目目ぱっちりで口を開ける。
ほとんど寝たきりで認知も進み、家族の顔も見分けられないけど、『ご飯』の一言には反応がめっちゃ良い。
そんなお年寄り。
私も絶対そうなりそう、なお年寄り。

ただ、困ったことにそう言う方は必ずと言って良いほど、誤嚥します。
先日も、そんな誤嚥性肺炎の患者さんを臨時の往診で診察してきました。

もうね、月に一回は誤嚥してお熱が出てます。
その度に絶食にして、点滴して治療する。
痰を吸引する。
少し元気になると、ご飯は?????と。
食べるのが大好きなんですね。

施設の依頼で、ご家族に連絡するのも仕事の内。
大抵は電話での連絡になりますが、病状の説明とか治療方針などを伝えます。
ご家族によっては入院治療を希望されるところもありますが、そもそも施設に預けている時点で、入院先に面会に行ったりお見舞いに行ったりする余裕がない家族が多いので、そのまま施設での治療を希望されることも多いです。
医療関係のトラブルは後出しジャンケン的な面が大きいので、ついでに起こり得ることも伝えておかないとね。
後から『治療するって言ったんだから、治ってないとおかしいでしょ』と言われても困ります。

今回のご家族は、今までも何度も肺炎を繰り返していたせいか、あっさり、『お願いします。万が一の時はそのまま搬送せず、看取りでお願いします』と。
そして、問題の『本人が食べたがった時にどうするか?』と『今後の栄養摂取をどうするか?』。

胃瘻は、本人が希望しないのでしない、と言う方針でした。
最近はメディアで取り上げられたりするせいか、ちゃんと話し合っている患者さんやご家族も少なからずいらっしゃいます。

そして食べたがった時は?

施設だって、杓子定規に利益優先ではありません。
むしろ、人情味あふれる人が頑張っているところの方が多いのです。
介護士さんだって、介護という仕事にやりがいや意義を感じてやっている人もたくさんいる。
何より、鬼じゃないんですから、日頃から親しくお世話してきたお年寄りが、必死に『食べたい!』『死んでも良いから、食べさせて、、、』というのを、放っておくのは心が痛いのです。

だから、食べたがったら食べさせてあげたい。

だけど今の日本は本人の希望より、家族の意見。
そして、もし家族の意向を無視して食べさせて窒息させたり、肺炎がひどくなったりしたら、裁判になったりマスコミに責められたり、というのが悲しいかな現実です。

幸い、今回のご家族は
『良いです、その時は食べさせてあげてください。それで何かあっても、そこが寿命だと思ってますから』
『うちにいた時も食べるのが大好きで、大好きで。ご飯だけが楽しみな人でしたから』
と。

ちゃんとその人に関わってきたら、その人が何を望んでいるか、いざとなった時もわかるもの、なのだなと思ったのでした。





たそがれてゆく子さん

著者の伊藤比呂美は1955年生まれ。
ちょうど私より10歳年上。
育った環境も、暮らしている世界も微妙に違いますが、私は、女子校(行ったことないけど)のちょっとやんちゃな先輩、と言うイメージを勝手に抱いております。
この度、図書館でふと見かけて、本当に
『あら〜、せんぱ〜い。お久しぶりで〜す。元気でしたかぁ?』
と言う気持ちで、手に取りました。

思えば、伊藤センパイには人生の節目節目ではお世話になって参りました。
良いおっぱい悪いおっぱい”に始まる様々な育児エッセイは、何度も読み返したな。
その後、娘が難しい年頃に突入した折には、”伊藤ふきげん製作所”でなんだか救われた気がしたものです。
決して、明確な解決を教えてくれるわけでもない。
でも、渦中にある時の大変さ、日々のすっきりしない気持ちのもやもやを、一緒にもやもやしてくれる、そんな感じがしたものです。

私は一人っ子ではないし、摂食障害になったこともないけど、現在の日本で女性が働きながら、結婚して妊娠出産して、子育てして、と言う流れの中でぶつかってきた様々な事柄が、一つ一つ自分が置かれている状況に重なって、著作を読むたび、人生の先輩に
『そうそう、私もそうだったのよ〜』
と言われているような気がしたものです。

今回の”たそがれてゆく子さん”では、センパイはいつの間にか離婚して(”おなかほっぺおしり”では、優しくて子育てにも協力的な旦那様で、めちゃくちゃ仲よさそうだったのに!)なんとアメリカに移住。
アメリカ人男性と再婚して、三番目のお子さんまでもうけていた。
振り幅、激しすぎますよセンパイ。。。。


そしてその旦那様を看取り、ご両親をそれぞれ順番に看取り、さらにはお孫さんまでいて、すっかり老境の域に達しておられました。
すごい展開(゜o゜)!!

よく考えたら、私は先輩の著作を全部追っかけていたわけではなく、自分に都合のいいトピックスの時だけつまみ食い的に読んでは、勝手に人生のセンパイ扱いしていただけなのでした。

でも、本を読むのに正しい読み方、なんてないと思うの。
人生のその時、その時に、自分の置かれている状況に、必要としている言葉をふっと投げかけてくれる本を読む。
都合よくそう言う本を見つける。
そう言う読み方もあり、だと思うのです。

伊藤比呂美センパイは、そう言うわがままな読み方をしても、全然怒らない。
て言うか、自分のことしか話してない。
そこがいいんですよ。
一緒に自分のことも安心してだらだらと話して、終わってみたら、妙にすっきりしている。
この感じがなんとも言えず、”癖”になる作家さんです。

そしてかつて可愛らしい幼子だった娘さんたちは、いつの間にか激情の10代を生き延び、今や母語は英語となってアメリカ人として(?)生活している。
(母に注意されないと、日常会話も英語という娘たち。
詩人の母はどう思っているのだろう?)
渦中にいるときは、『この先どうなるのだろう』と不安でいっぱいなんだけど、そのときは足掻いていても、後になってみたらなんとかなっているものなんだな、とちょっと安心したりして。

久しぶりにあったセンパイ、お元気そうで安心しました。
また近況を教えてくださいね。

さすがはセンパイ、やっぱりこんな本も出されていました。
妊娠出産以上に、女性にとっては大きなイベントですものね。
ただし、先輩の場合はそれほど辛い症状はなかった模様。
いえ、それはそれで良いことなんですけどね。
もっとセンパイらしく微に入り細に入り、ねちっこくみっちりと書いて欲しかったな。
ちょっと物足りないというかなんというか。。。。

メインテナンスが必要なお年頃


突然お休みがもらえました。

他大学からの研修希望の先生がやって来まして、その先生の指導も兼ねて院長が、診療に回ることになったのです。

うちのクリニックは、訪問診療をメインで(というかそれしかしていない)医療活動をしております。
ドクター&ナースのバディコンビが、タクシーでクライアントの家を一日かけて回ります。
タクシーは、クリニックが契約しているタクシー会社から派遣されてくる。

チーム単位で動くため、急にドクターが一人増えたからといって、看護師さんとタクシーが手配できなければ仕事になりません。

ただのお余り。

看護師さんはぎりぎりの人数でやりくりしているので、新たに出すわけにはいかない。
というわけで、私は『休んでいいよ〜』と言っていただけたという次第。

お休みがもらえるのは嬉しい反面、一日だけポンってもらっても、何をしようかとっさに思いつかない。
やりたいことはいっぱいあるけど、いつもの用事を済ませるだけってのも勿体無いし。
というわけで、ダメもとで電話してみたら首尾よく予約が取れた歯医者さんと、鍼灸院へ行くことにいたしました。


だいたい年に一回くらい、歯科検診と歯石除去を受けているのですが、昨年は忙しすぎて行く暇がなかった。
今年度から少し余裕ができたので、行かなきゃな、と思いつつずるずると伸ばしていたので、この際思い切っていくことに。

そして、鍼灸院は悩みの五十肩の治療に。
同僚の同じ五十肩仲間の看護師さんが、『鍼をしてもらったら、すぐ動くようになりましたよ〜』と言っていたので、『是非とも行きたいものだ』と思っていたのでしたが、こちらもダメもとで電話したら、予約が取れたのでした。

さて、午前中は歯医者さんへ。
今まで行っていたクリニックは、なかなか予約が取れず、さらに車がないと通いにくかったので、この度、飲み仲間に教えてもらった駅近のクリニックへ。
初診ゆえ、レントゲンを撮ったり、先生の説明を聞いたりと少し時間がかかりました。
そしてわかったこと。

①上の右の奥歯が曲がって生えている。
②そのため、噛むときに斜めに力がかかる。
普通はまっすぐ立っている頭に上から力がかかるのに、倒れている横から力がかかっている状態なんだそうです。
③その結果、歯を支える骨や歯肉に負担がかかりやすい。
④老化が進むと、歯の周りが弱って抜けてしまうかもしれない。

な、何ですって( ゚д゚)

そういえば、今までのクリニックの先生もいつも『虫歯はないけど、半年に一回はちゃんと来なさいね』って言ってたっけ。
あれって、経営上の口上かと思ってたんですが。。。。

というわけで、こまめなプロケアが必要なことが判明。
早速、次回の予約をして参りました。


さて、五十肩の方です。
実は連休に入る前に、近くの整形外科クリニックを受診しまして、やっぱり五十肩です。
と、診断されていました。
本当の病名は肩関節周囲炎

その時に、『痛いときは、まだ炎症期なので動かさずに安静にするように』と言われまして。
その後、連休中に模様替えなんぞをして痛みがひどくなったので、『これはいかんな』となるべく動かさないようにしていたら、どんどん可動域(腕を動かせる範囲ですね)が狭くなってきてしまい、最近は腕を前に回して右側の腕を掴むのも痛い。
ズボン履いて持ち上げるのが痛い。
車の助手席に乗って、ドアを閉めるのが出来ない。
かなりというか、相当、不便です。

鍼治療は受けたことがないので、どんな感じなのかな???
と、ちょっとわくわくしながら行ってみました。

ところが

『経過が長いので、鍼治療の適応ではないですね』
と言われてしまった。

そういうものなの??

そして背中の骨や肩の骨の具合を診察した結果、
①なで肩なので肩甲骨が下がっていて、その分腕や肩を支える筋肉の下の方向へ引っ張る力が強い。
②そのため、肩関節の上の方に負担が生じやすい。
③結果、肩の関節に炎症が起きてしまった。
④さらに、痛いからと動かさなかったので、関節の周囲が硬くなり、ますます痛みが生じるようになった。
のだそうな。

そうなんだ。。。(・∀・)。

整形外科では、帝王切開をしているから、腹筋が弱くて(手術の時切ったので)そのため姿勢を保つために上半身の肩に負担がかかって肩を痛めやすいのだ、とも言われましたっけ。

どうやらなるべくしてなった五十肩、もとい肩関節周囲炎。
歳をとると、いろいろなことが起きてくるものです。

肩関節周囲炎は、関節を動かすための潤滑液成分が減少して起きるらしい。
そして、その潤滑液成分を分泌するためには、痛くない範囲で関節を動かす必要があるそうです。

よく、『五十肩だったけど、痛い痛い、と言ってるうちにいつの間にかまた動くようになった』
と言うのは、動かしていたことで潤滑液成分が出て動くようになった、と言うことらしい。
ある日突然、痛みが嘘のように消えてまた動くようになった、なんてことにはならない、らしい。

そして、さらに痛いからと言って、反対側の腕ばかり使っていると、そちらに負担がかかりすぎて、悪い方が治りかかった頃に良かった方にも症状が出てくることがある、と言う恐ろしい話が。。。。


いやいや、それは困る、困る、困る

と言うわけで、こちらも通うことに。
経過を見て、鍼治療のほうもしていきましょう、と言われました。

今まで大病を患うこともなく、元気に生きて来たつもりだったけど、地味にあちこちガタがきていたのでした。




これで良いのだ、と言えたら良いのに


経鼻胃管、という医療行為があります。
読んで字のごとく。
鼻に経由して胃に管を入れることですね。
時々、医療ドラマとか再現ドラマで患者さんが鼻から管を入れられているシーン、みたことないですか。
あーゆーの。

経鼻胃管、昔はマーゲンチューブ、なんて言ってましたっけ。
(今でも、業界用語としてよく使いますかね。時々、若い人からST(Stomach Tube)とか言われてマゴマゴしちゃう浦島太郎です)

さて、その経鼻胃管ですが、在宅でも入れることがあります。
自力でご飯が食べられない人、食べたいけど病気や神経麻痺のせいで正常な嚥下ができない人。
それから、なぜか”胃瘻は非人間的で非道な処置”なので作ってはいけない(*)、という主張を唱える人たちがいて、そういう人に感化された家族が胃瘻は駄目、だけどこのまま食べさせずに看取るのも嫌だから、と入れたりします。

経鼻胃管は、鼻から入れるので、鼻の入口にチューブが当たってるただれやすい。
湿疹ができて、かさぶたが付き、そこが剥がれて出血し、見るからに痛々しい。
それに、鼻から胃まで入れるので50センチくらいは入れなくてはいけない。
そのためチューブが詰まりやすく、胃瘻のチューブより頻回に交換が必要になります。
交換は鼻から。
看護師さんでも入れられますし、人によってはご自分で入れることもある。
看護で年中入れてて慣れている看護師さんは、上手ですね。
自分で入れる人は、ちゃんと理解して入れてますし、自分のタイミングや感覚で入れるのでそれほど苦痛はない、と思うのです。
でも、大抵の患者さんは自分で意思を伝えることもできない状態で、無理やり入れられるのでとても嫌がります。
だいたい、鼻に何かを突っ込むなんて。
お風呂やプールで水が入っただけで大騒ぎ、なのに。

それに、時々、間違って肺に入ってしまい危険なこともある。
そんな経鼻胃管。

高齢の患者さんがだんだん弱っていき、食事を勧めても
『もう、要らん』
と食べなくなり、一日のほとんどを寝ているようになりました。
辛い症状もなく、穏やかな最期を迎えられそう。
と思っていたのですが、介護していた家族はなんとか栄養を入れてください、と。
残念ながら、お腹の手術歴があって胃瘻が作れない方でした。
そうなると、経鼻胃管しかない。

栄養を流し込むようになったら、痩せていた身体もまたふっくらとしてきました。
家族は大満足です。
本人は。。。。。。
どうなんでしょうね、そこまでしてほしい、と願っていたのでしょうか。
鼻の入口は、チューブの刺激で湿疹が出来、そこに鼻水と瘡蓋が混じって見るも無残な状況になりました。
二週間毎の交換は、顔を歪めて嫌がられます。
でも、処置以外の時はすうすう寝ているので、本当はどう思っているのかは、わからない。

チューブの入れ替えの時は、ご家族は席を外してますので、嫌がる様子を見ることはない。
ちょっと、ずるい気もしないでもない。
一方で『どうなんだろう』と思っているくせに家族を説得するでもなく、毎回、看護師さんに入れさせている私も、ずるい。
そして先生の指示だから、と躊躇なく鼻から管を入れている看護師さんは、ずるくないのか?

みんなずるくて、みんな良い。
そんなわけ、、、、ないか。
バカボンのパパみたいに
『これで良いのだ〜』
とあっけらかんと、言えたら良いのに。

爛れていた鼻の入口は保護テープを貼って、皮膚は綺麗に治ってきました。
最近はさらにレベルが落ちたのか、チューブを入れる時の嫌がり方も前ほどではなくなりました。
経鼻胃管で栄養補充をしたからといって、これから何年も生きていられるわけではありません。
けれど少なくとも介護している家族が、納得してお別れができるまで、こうして生きているのがこの人の務めなのかな、と思ったりして。
そして、それを支えるのが在宅医療をやっている者の仕事なのかな。







(*)胃瘻
そもそも、”腹壁に穴を開けて直接胃に管を通して栄養を補充する”という方法は、鼻からの管による本人の様々な苦痛や看護する人の負担を軽減するために考えられたはず、なんですけどね。
実際、経鼻胃管をやめて胃瘻になった途端、顔に付いていた邪魔なものが取れて、『何よりすっきりした』と喜ぶ患者さんや家族は多いです。
鼻から管を入れたら、それが取れないようにテープで顔に固定しておかないといけませんのでね、顔も洗えない。
テープかぶれで皮膚が爛れてきたりもする。
女性だったら化粧もできないし。
気楽に外出もできません。
余計なものを他人の目に晒されないで良い、というのは大きいのです。
私は、別に胃瘻推進派ではありませんが、胃瘻を作る代わりに経鼻胃管を選択する、というのは、意味がない、と思います。

だから私はメイクする〜悪友たちの美意識調査



お化粧大好きアラサー女子17名が、それぞれに自分がメイクする理由を綴った文集。

50歳を優に超えての今更なんですが、これが面白かった。
メイク大好き女子が、自分の化粧についての哲学を語るわけですから、それぞれに主張するところがあって面白い。

テクニックやアイテムを追求していった結果、化粧をしていれば叶美香に、落とせば千原ジュニアになってしまうと言う女性は、その落差を恥じるどころか、それだけの落差が作り出せたことに達成感を感じています。

美容のために〇〇をする、と言うキャリアウーマンは、自宅で行う美容時間を”まるで、戦闘で傷だらけになったガンダムが格納庫で整備されているようだ”と例えます。

仕事は戦いだから、ガンダムが明日も出撃するために念入りな整備が重要なのだ

と言い切る彼女は清々しい。
大事なプレゼンの前、お肌の調子を整えるために〇〇する、と言う彼女の究極の美容法。
確かに効果ありそうだけど、そこまでするか?とも思う。
本人も同じことを言ってますけどね。

他にも、ロリータファッションについて熱く語る女性。
それらしきファッションの女性は、患者さんのご家族さんにも割といて、大抵は、かなり独特な雰囲気とか、オーラをまとっておられます。
私個人は、彼女たちの立ち居振る舞いとか、言葉の使い方に怯んでしまって、少々苦手なのではありますが、この人とは友達になれそうな気がしました。

そんなファッションやメイクが好きな彼女たちのメイクをする理由が、何より自分を鼓舞するため、と言うところが楽しかった。

お化粧したりオシャレしたり、と言うのにすごく興味はありつつも、おしゃれにうつつを抜かして真面目に仕事をしていない、と思われはしないか、と言う己への縛りもあって、なかなか楽しめなかった。
『あら、今日は綺麗に(お化粧)してますね』
と言われると、その言葉の裏には
『真面目に仕事もせんと、見てくればかりに気を使いおって』
と言われているような気が、勝手にしていたものです。
綺麗にネイルした指が視界に入ることで、『仕事をきちんとしているプロフェッショナルとしての自分』を意識できる。
そう言う発想はなかった。

なんか損しちゃったな。

まあ、商売柄、ネイルはできないし、マスクで大概取れてしまうので、ファンデーションも最近はしない。
そうなると落とすのも面倒だし、と目元もいじらない。
たまの休日も、当番で外出できないことが多いから、結局、すっぴんで過ごしてしまう。
そんなこんなで、手を抜いて、なんか生活に張り合いが感じられない日々を送ってしまっていました。

会社では、男性同僚からのファッションチェックがうざいので、地味にして擬態していると言う女性。
会社を出た後に、マノロの靴を履き、可愛いヘアクリップで髪をまとめ、大好きなファッションへと変身して行くそう。

そうか、仕事だけが日々の生活じゃないしね。
せめて、休日の日ぐらいは、逆に朝からしっかりメイクして、おしゃれを楽しむ自分、を自分に演出してみようかな。

そんな気持ちになった読後感でした。





そうだまずは、化粧品を買いに行こう。



連休中に食したもの


今年の連休、前半は家の模様替えをしたりと、なかなかに有意義に始めたのでしたが、去年の暮れから調子の悪かった五十肩が、悪化してしまい、後半は引きこもって過ごすことに。

相方のおじさんは、義姉一家の義姉還暦&退職祝いの旅行(親孝行な甥っ子たちが計画)に便乗して出かけてしまったので、お留守番となった私は、世話を焼かねばならぬ家人もおらず、ますます大手を振って引きこもっておりました。
連休だから街に出ても混んでるだけだ、と思うと外出も気が進まない。
それに、肩が痛いと車の運転もあんまりしたくないし、食料を買いに出るのも、重いものを持ちたくないから億劫。
と言うわけで、ちょうど良いので家に買い溜めしていた保存食やら防災食やらの、賞味期限が切れそうなのを消費して過ごすことにしました。

と、思ったら賞味期限、切れそうなどころかとっくの昔に切れてるのが、ゴロゴロと出てくる出てくる。
勿体無いのでこの際だから、料理して食べることに。
缶詰って賞味期限が多少オーバーしていても大丈夫、って言いますしね。

問題は、その”多少”の部分。
どのくらいまでがセーフなのか?
今回の実験、じゃなかった実食でわかったこと。
2年前のものは、楽勝で大丈夫( ´ ▽ ` )ノでございました。
保存状態、なども関係あると思いますのでね、あくまでも自己責任の範囲ですけど。
私は、普通に美味しくいただけました。
紙パックのコーンなんてちょっと不安でしたけど、全然、いけました。

ただ、今回気が付いたこととして
ずっと缶詰だと、飽きる
私がもともと缶詰が好きじゃない、ってのもあるかもしれませんけど、缶詰に入ってたものって特有の金臭さがあって、それが気になる。
お肉関係は、特にお肉がパサパサしておまけに金臭いので、これが何日も続いたら、かなり辛いな、と正直思いました。

焼き鳥なんてね、ビールのつまみにもなるからいいかな、と思って買い込んでたのですけど、どうせ飲むならもっと美味しいつまみと飲みたい。
焼き鳥の鶏肉は、タレが染み込んでてあんまりお肉のお肉味が感じられないし、なんだかパサパサしてるし。
だから、そもそも鶏肉って、缶詰にするのに向いてないんじゃないか、と思ってしまう。
苦肉の策として、中華風スープにしてみたりしたんですけど(紙パックのコーンがたくさんあったので)、やっぱりイマイチ感が抜けず。

一方で、オイルサーディンをトマトで煮込んだら、これは美味しかった。
こちらも2年前に賞味期限が切れてた瓶詰めオリーブを贅沢に使いました。

玉ねぎは、いい感じに食材をまとめてくれます。
解毒作用もあるって言うから、期限切れの缶詰を食べる時には免罪してくれそうだし。
さすが常備野菜の王様(私がこの度、勝手に命名)って感じです。
干し椎茸も、なかなかに優秀。
出汁の風味が良いと、料理も美味しくなります。

缶詰の魚系はおすすめ。
ただ鯖味噌煮は、ご飯にも合うし美味しいけど、味噌が強くて他の料理に転用しにくい。
水煮にしておけば、洋風にも和風にも(味噌は後から入れたらいいので)なるので、備蓄するならこっちかな。
生姜も、缶詰の金臭さを和らげてくれたので常備しておこう。
それから牡蠣とか蟹缶のような贅沢系の缶詰は、特別感がありますな。
多分、被災して食べ物がなくて気分が落ち込みがちな時は、こう言うものがあると、嬉しいんじゃないかしら。
食費に余裕がある時は買い置きしておこう、と思いました。

パンは、日持ちしないから冷凍して保存するしかないけど、電気が来てないとトーストできないから、最初は災害食には向かないんじゃないかと思ったのです。
でも、水が手に入る環境なら確かにうどんやパスタが便利だけど、水もなかなか手に入らないとなると、冷凍したパンは保冷剤にもなるし、いざとなったら自然解凍して何か乗っけて食べればいいから、食パンみたいに主食になるパンを冷凍しておくといいかな、と思います。

缶詰は、保存期間が長いので災害時に役に立つ。
そうなんだけど、そのせいで買うだけで安心してしまって、気がついたら賞味期限を大幅にすぎていた、なんてことがよくある。
それでいざという時に食べられなかったら、意味がないし、お金ももったいない。
とりあえず、2年前のものは大丈夫、だけどね。
それ以上のものは?
缶が不自然に膨らんでいるとか、開けた時になんか変な匂いのするものが噴き出してくるとか、そう言うことがなければ、大抵のものは大丈夫そう。
あとは、匂いを嗅いでみる。
自分の五感を信用することも、大事。
だけど、その前に期限切れにならないようにすることのがもっと、大事。

災害時は、体調もいつも通りじゃない筈。

飽きがこないように、他の食材も合わせて味のバリエーションをつけた方がいい。
そして金臭さを和らげることも必要。
ついつい災害時を考えて、特別なもの扱いしてしまいがちだけど、いざという時に困らないよう、普段の食生活に取り入れていけるように、缶詰を使ったレシピも調べておこう、と思いました。



心が落ち着くように、甘いものもあると良いそうです。
ジャンドゥーヤとかね。