とりあえず始めてみます老いじたく

ねんきん定期便をきっかけに老活してみることに

セレモニー〜王力雄 金谷譲訳





先日読んだ、『幸福な監視国家・中国』の中で紹介されていた本です。


分野としては、SFになるのでしょうか。
今回のコロナウイルス騒ぎを、まるで予言するかのような内容が、取り上げられています。
今のタイミングで読むと、なるほど、かの国ではこのようなことになっているのかもね、と思わずにいられない。

中国の近未来というか、パラレルワールドのような世界の話。

ここでも一党独裁で、主席がトップに君臨。
今よりもさらに進んだスパイ技術が投入されて、国民は知らず知らずのうちに情報操作され、私生活を監視されています。

国民が使用する靴は全て、ナノテクノロジーを利用した認識と追跡可能な装置が組み込まれ、さらに、会話も盗聴されている。
靴の持ち主は、どこに逃亡しようとも、すぐに居場所が突き止められてしまいます。


もっとも、日本人はわりと日常的に靴を脱ぐから、日本ではあんまり有効じゃないだろうな。


主人公の一人、李博はスパイ装置の主任開発技術者。
政治にはとんと興味のない、研究一筋の研究者でした。

北京市疾病予防センターに勤める医師の妻・伊好とともに、高学歴セレブカップルとして、娘にも恵まれ、時々、大手靴メーカーの社長から利権がらみの接待を受けたりしつつも、それなりに幸せに暮らしていました。

そこに、出世欲でいっぱいの元公安警察官・劉剛が現れます。

出世のためなら手段を選ばない劉剛は、公安でかつて使用されていた特殊な装置を使って、伊好を一時的に洗脳。

新型インフルエンザのデータを捏造して、業績を得ようとします。

下っ端役人がいかにして、上層部に意見を聞いてもらうか?
中国ならではの官僚社会の仕組みが、面白い。

彼の思惑に、官僚を支配したい主席の意向が合致して、事態はおかしな方向へ転がり出します。

官僚にとって、実績を上げること=数字を上げること。
個々の人々の事情は、考慮されません。
さらに中央が出した、達成数字ありきの目標のせいで、保身に走る官僚たち。

行きすぎた防疫運動のせいで、農村や地方都市の封鎖が起こり、人々がパニック状態になり、社会不安から暴動が起き、軍が出動する騒ぎに。

そしてその結果、ありもしない新型インフルエンザの流行が、世界的な騒ぎとなり、WHOの介入するところとなります。

WHOの介入で、ウイルスに騒がれているほどの感染性はない、とわかり、感染騒ぎはいったん収束します。

しかし、今度は防疫運動失敗の責任を負わされそうになって、切羽詰まった官僚・老叔と劉剛が、李博を巻き込んで、主席を暗殺。

ロボット蜂を利用した暗殺方法とか、本来とは違う目的に使用されている洗脳装置とか、近未来のアイテムが色々出てきて楽しい。

政敵に先んずるために、老叔は党の記念式典を乗っ取ってクーデターを決行。
主席暗殺をうやむやにしつつ、政権を掌握しようとします。

現場で動く官僚や技術者、兵士たちは、真実や正義の追求よりも、誰の下についたほうが有利か、を常に行動原理としている。

トップを争う老叔と旧権力者たちとの間に、熾烈な権力闘争が勃発。
ブラフ合戦が行われます。

主席暗殺に巻き込まれた李博は、どちらのグループからも、追われる立場になってしまいます。

一方、国際社会的には、主席暗殺と老叔のクーデターのおかげで、皮肉なことに、表向き中国は一気に解放され、民主化されることに。

しかし、地方都市部と北京とは分断され、その上、自治区が独立宣言をしだして、中国は大混乱。

中国って、地図で見てもすごく大きな国ですが、その実、モンゴル自治区ウイグル自治区チベット自治区といった、漢族でない民族の地域も広くて、彼らが独立すると国土が半分になってしまうのですね。

遅ればせながら、改めて地図を眺める。
なるほど。

最後、事件の真相を知る李博は、家族を守るために、自分の記憶を破壊します。

ハリウッド映画だと、どこからともなくヒーローが現れるか、李博が粘って一発逆転を狙って生き延びるかするのでしょうけど、そこは東洋人だな。

中国は、またもや独裁者に支配される社会へと戻っていきそうな気配のまま、ストーリーは終わります。

この本に書かれている世界が、本当の中国そのものではないのでしょうが、中国という国の一面をなんとなくわかったような気がする。

小説では、緻密に組織作られた監視国家がいかに崩壊していくか、をテーマに描かれているので、インフルエンザの部分は、前半だけですし、そもそも、さほど感染力の強くないウイルスの感染力を盛ったことが、騒ぎの始まりでした。

現実は、むしろコロナウイルスの感染力と病毒性の評価を誤り、さらに隠蔽しようとしたのが、事が大きくなった元凶らしい。
でも現実でも軍が出動したり、町が封鎖されたりと、同じような事が起きています。

今回のコロナウイルス騒ぎの内幕が、そこはかとなく伺えるような気も、したのでした。





すばらしい新世界〜オルダス・ハクスリー




先日の『幸福な監視国家・中国』で、とりあげられていた小説。

オーソン・ウエルズの『1984』と並ぶディストピア小説の古典だそうです。
『1984』よりも、前の1932年に発表されています。


『1984』は確か、1984年に読んだ記憶がある。
だけど、こっちの本は読んだことあったかな?
あったような、なかったような。
早速、図書館で借りてみました。

最初の出だしから、どこかで読んだことがあるような、ないような。
単純に覚えてないだけなのか、同じような内容のSFをあちこちで読んだせいなのか。

解説を読むと、後続の作品が数多く書かれているそうなので、ちょうどシェイクスピアを今の時代に読むと、どこかで読んだようなプロットのお話ばっかりだな、と思ってしまうのと同じ現象なのでしょう。

そう言えば、奇しくも主要キャストにやたらとシェイクスピアを引用する人物が出てきます。

『1984』に比べると、どこがいけないの?と言いたくなるくらい、明るくて幸せそうな社会ですが、その明るさの裏側にある冷酷さが、しみじみ怖い。


舞台は、西暦2540年のイギリスはロンドン。
九年間続いた世界的戦争と、経済破綻を経て、人類は、とにかく安定と(万人のための)幸福を追求することを選択。

人間は今や、人工的に生産される存在となっています。
特殊な環境を提供する瓶(人工子宮)の中で、様々な条件を付加されて育つのです。
この世界では、生まれながらに、どころか生まれる前から、受精卵になる前から遺伝子操作され、階級が決まっています。
さらに受精卵になってからも、クローニングの技術によって胚分裂の回数もコントロールされて生まれてきます。
さらに、生まれてからは徹底した睡眠学習、無意識下に働きかける学習プログラムによって、適応される階級に望ましい行動を取るよう条件づけられている。

出産が完全に性行為と切り離され、育児に家庭が関与しなくなったた結果、性行為は社会的コミュニケーションの一方法と位置づけられいます。
そのため、セクハラ行為は望ましいマナーとして推奨されている。

さらに、家族や家庭といったものがなくなり、家族、父親、母親といった言葉は、かえって道徳的に恥ずかしいものと捉えられるようになっています。

そこでは、もっとも上位のアルファ階級からベータ、シータ、デルタ、と階級別に出生数も割り当てられており、もっとも下級のデルタやイプシロンは、単純労働を担っています。
画一化された労働者を必要とする工場では、おなじ特性の受精卵を大量に胚分割させたデルタやイプシロン階級のクローン人間が工場労働者として働いていたりします。

アルファやベータ階級以外の下級階級の人間たちは、もともと不妊処置を施されており、勝手に生殖することもありません。

娯楽は階級ごとに推奨されるスポーツ(内需拡大のため)や感覚刺激で、ストレスや抑うつ気分、老化は身体のホルモンを調整するドラッグを、適宜投与。
60歳くらいまでは若い肉体と精神を保ち、ある時点でポックリと死ぬ。
それが、この世界の人々の一生。

宗教が存在しないこの世界では、“死”は物理的な変化ととらえられており、子供たちは死ぬことは一種の娯楽と考えるよう、教育されます。
死んだのち、遺体はすみやかにリサイクルに回されます。

どの階級の人間も、幼少期から自分の階級に満足し、望ましい行動を取るよう条件づけられているので、表向き幸せな人間たちで構成されている、それがハクスリーの“新世界”です。

イプシロンは、自分がイプシロンでも気にならないのよね」レーニナは声に出して言った。
「そりゃそうだ。当然だろ。それ以外の自分を知らないんだから。もちろん僕らはイプシロンなんて嫌だけど、それはそういう分に条件付けされているからだよ。それに、もともと別の遺伝形質を持って生まれてきてる」
「わたし、イプシロンじゃなくてよかった」レーニナはきっぱり言った。
「もしきみがイプシロンだったら、条件付けのせいで、ベータやアルファじゃなくてよかったと思うはずだよ」


さて、そんな“素敵な”世界ですが、ここに不幸な男が3名登場します。

最初の不幸な男、ハーバード。
かれはアルファプラスという最上級の階級にいるにもかかわらず、遺伝子の悪戯で、下層階級の身体的特徴を持って生まれてきてしまいます。

そのため世の中を拗ねており、うまく社会に溶け込めずに孤独の中にいます。
そんな彼を、周りもちょっと煙たく思っている。

「噂だと、瓶の中にいた頃に手違いがあったんだって、ガンマとまちえられて、人工血液にアルコールを投与されたとか。それで発育が阻害されたの」

なんて陰で言われてたりします。
実際にそう言った、ヒューマンエラーが起こる話も、作中にさりげなく挟み込まれている。

共同体の幸福を第一に考えるこの社会では、孤独であるとか、孤立しがち、という性格はそれだけで反社会的。
実際、上司から左遷されそうになっています。

そんなバーナードの親友がヘルムホルツ・ワトソン。
彼は、アルファプラス階級の中でももっとも、見た目と頭脳に恵まれていてます。
そして、恵まれすぎているからこそ(?)周りから浮いていて、孤独を感じている。


さてある日、バーナードが休暇を利用してニューメキシコ州の保護区に出かけ現地で“野人”ジョンと出会ったところから、話は転がり出します。

この世界にも、旧世界時代の習慣を頑なに守って、出産育児を家族単位で行い、宗教行事を行なって社会を運営している人々が居て、彼らは保護区に隔離されていました。

そして、上流階級の中でも限られたエリートだけが、保護区に行くことが出来るのでした。
アルファ階級の人々が保護区に行くのは、積極的なことではなく、研究目的のようなものでしたが、行くには特別な許可が必要だったりと、特権中の特権。

バーナードは、意中の女の子レーニナを誘うために、自分の特権をつかって、保護区への休暇に誘ったのです。
レーニナはベータの女の子なので、普通だったら行けない保護区に行って、友達に自慢したくてついていきます。
レーニナは、かわい子ちゃんで、人気者。
”新世界”での幸せを、なんの不信もなく満喫している人物として描かれています。

ところで保護区には、なんと20年前に行方不明になったベータ階級の女性リンダと、リンダの産んだ“野人”ジョンが住んでいました。

リンダは、バーナードの上司ともと付き合っていましたが、レーニナと同じように、上司と保護区に来た際に、落石事故に遭い、失踪。
その後、原住民に保護されて生きていたのでした。

この世界では、適宜子孫を残すため上級階級の人々は不妊化されていないのですが、通常の性行為では妊娠しないよう、避妊技術を徹底して教育されています。

しかしながら、人のすることですからエラーというものは避けられないもので、リンダは失踪時、”運悪く”妊娠していました。
そしてその不祥事のため、”新世界”の係官に連絡することができずに、そのまま原住民の村でジョンを出産、育てたのです。

ジョンは、ジョンで母親が“新世界”出身であったため、部族の一員として受け入れられず苦しんでいました。

バーナードはリンダが、自分を左遷しようとしている上司の元カノであると気付き、“野人”ジョンとリンダを説得して、ロンドンへ連れ帰ります。
上司への反撃として利用するためでした。

しかしながら、社会はバーナードの予想を超えて大騒ぎになります。

保護区での生活のため、老化が進んでしまったリンダは、現実に耐えられず、余生を薬漬けで終わります。
元々、原住民との生活にも耐えられずずっと地酒でアル中状態だったので、より効果が高くて副作用の少ないドラッグに、嬉々として中毒するようになったのです。

バーナードは、一躍時の人となり、人々にちやほやされて、すっかり鼻持ちならない態度。
ジョンのことは、単なる人気取りの道具としか考えなくなってしまいます。

ジョンはジョンで、母親から聞かされていたはずのパラダイスに、最初は喜んだものの、自分が今までいた世界との価値観のギャップに苦しみます。

唯一、悩みを共有するベルツマンとの友情を培うジョン。

とうとう、ジョンがデルタの労働者たちを、“解放”しようとして騒ぎを起こしてしまい、バーナードとベルツマンも連座して処分されることに。

ジョンは、どうしても“新世界”になじむことができず死を選び、話は幕を閉じます。

ジョンが、自殺を選ぶ過程が今一つピンとこない。

1984』は暗くて、お先真っ暗なりに、少しは希望の光がありそうな終わり方だったのに対して、こちらの話は、明るいけど、先の見えないバッドエンド。

この後味の悪さも、なんとも言えない。

社会の構成員の大半が幸せで疑問を感じていない世界のどこが問題なん?
と言ってしまえばお終いなところが、この作品の救いようのなさなのかと思う。

トリビュート作品が、数多く描かれているのもわかるような気がします。

ちょっとした細かなシーンも、示唆に富んでいて、ふとした折にまた読み返したくなりそうな、そんな本でした。


幸福な監視国家・中国〜高口康太


前から興味があって、読もう読もうと思いつつ、なかなか読み始められずにいた本。
年末年始に一気に読もう、と思ったけど、けっきょく、なんだかんだで時間が取れず、地味にコツコツと読み進めておりました。

本文だけなら234ページほどの新書版、文章も平易で読みやすい。
私はとても勉強になりました。
知らなかった事が、たくさん載っていて、何度か読み返しつつ、やっと読み終わったところ。

今回の勉強になった言葉。

キーワードその1:
個人のプライヴァシーと、利便性と安全性はトレードオフの関係にある。

より安全で快適な社会に住みたい、という欲望が監視社会を推し進めていく。

たしかに全くその通りです。

例えばうちの近所は、比較的ゴミ捨てのマナーが良い地域なのですが、それでも、最近は不心得者がいてルール違反のゴミ出しがある。
ゴミ捨て場が汚れるし、違反ゴミでも置きっぱなしだと、それに便乗した違反者が更にでてくるので、掃除当番の家が、わざわざ持ち帰って分別し直して捨てています。
でもそれって、“違反した者勝ち”でどうも釈然としません。
いっそ監視カメラで違反者を特定して、ペナルティを課すくらいのこと、行政がやってくれたら良いのに、と思うこともある。

実際に、それに近い状態なのが昨今の中国で、街の至る所に監視カメラが設置されて、交通違反や様々な違反行為を監視している。
おかげで以前と比べて、随分安全で、清潔な街になっているそうです。

ネットでも、お互いに評価し合うことでよりサーヴィスの良い、安全なお店が増えてきたそう。

中国では、もともと急に経済が発達して、ずるでもなんでもやったもん勝ちの人々を、なんとかして取り締まりたい、という需要があったところに、テクノロジーの進歩が加わり、さらに政府が主導して監視社会化を推し進めているので、ますますその速度が速く、技術の進歩も早い。

また中国には、悪いことをするのは下っ端役人、さらに上の地位にいる善なる支配者がそうした悪事を正すのが良い政治。
という、感覚があるそうです。
日本の『水戸黄門』みたいな感じでしょうか。

だから、監視社会であっても、それが自分たちの生活をより安全により便利にするものだと考える人が多い。
政府も、人々が監視社会を善きものとして受け入れる方向に、言論統制を行なっている。


関連して、アーキテクチャとナッジという言葉が出てきます。

キーワードその2:
アーキテクチャとナッジ

どちらも初めて知ったのですが、アーキテクチャというのは、望ましくない行動を、あらかじめ取らせないよう、デザインすること。
たとえば、車が好き勝手にスピードを出さないよう、道にバンプを設置するなど。

ナッジというのは、自由裁量の中にも、より望ましい行動を取るようにデザインすること。

たとえば、カフェテリアで食べ物を選ぶとき。
自由に選んで良いのだけれど、なるべくなら、野菜を多めに取るとか、カロリーの高いものは控えるとか、望ましい食品を選ばせるために、まず、サラダのコーナーから始め、デザートは、少し取りにくいところに置く、と言った配置をすること。
空港やイベント会場で、列に並ぶためにおかれる移動式の柵、みたいな感じでしょうか。
アマゾンの『おすすめ商品』なんてのもナッジ。

このアーキテクチャとナッジ。
中国では、ネットの監視だけでなく、社会行動のレイティングや信用スコアとして活用している。
中国のネットで『巨大アヒル』や『黄色い熊』といった言葉が検索禁止になっているのは有名ですが、それ以外にも、ネットに投稿した文章が知らないうちに本人以外は、閲覧できない状態になっていたり(そのためコメントがつかず、投稿した人は単に面白くな話題を投稿してしまったと思う)、一部の内容のメッセージだけ届かなかったり(送った方は相手の興味を引かなかっただけ、と思う)など、知らないうちに検閲を受けているそうです。
その結果、人々の行動がより道徳的になったのはたしからしい。

結果、中国でいま出現しつつあるのは、「お行儀良くて予測可能な社会」。


ただし、これは中国特有の現象ではなく、テクノロジーの進歩による監視社会化はすでに止めようがない。
と著者は言います。

たしかに、スパイ物やアクション物の映画では、人混みを歩いているだけで、居場所を同定されてしまう、というシーン、よく出てくる。

だから、監視社会への移行は中国だけの問題ではなくて、身近に私たちの社会でも起こっていること。

大切なのは、大企業や政府による情報管理を、市民がどのようにチェックするか。

ここで、話の流れが一転変わって、『監視社会化』を肯定する思想、功利主義についての話が出てきます。

キーワードその3:功利主義

つぎのキーワードは功利主義

著者の解説によると、功利主義の主張のコアは、①帰結主義、②幸福主義、③集計主義という三つの要素にある。
それらをあわせると、動機と経過はどうであれ、結果として、みんなの幸福に役立つことなら、それで良いじゃん。

と言う結論になる。

例に引かれるのが、有名な『トロッコの問題』
五人の命か、一人の命か、という問題ですね。

絶対に正しい答えがないだけに、この問題は、議論がたくさん出てくる。
さらに、救われる人の特性と犠牲になる人の特性は、どう決めるべきなのか?
どんどん、複雑になります。

このトロッコ問題が重要なのは、近い将来、導入されるであろうAIによる自動運転アルゴリズムや、社会運営の元となるから。

つまり、もし自動運転が実施されるとして、万が一事故が起きた場合、『万人が納得する形で犠牲者が死んでくれると、社会の構成員にとって一番道徳的ストレスが少ない』ことになるから。

ここに、つぎのキーワード

キーワードその4:心の二重過程理論


人間には、ほぼ無意識でかつ反射的に下してしまう判断(システム1)と、様々な要素を考慮し熟慮の結果下す判断(システム2=功利主義)との二種類の認知機能がある、というもの。

前者は、同じ道徳観を持つ者同士で下される分には、問題が生じないのですが、別の道徳感を持つ者同士の間では、諍いが生じます。

宗教紛争や、民族紛争を見てると、全くその通り。

そこで、功利主義的に判断すればどうだろう、と言う話が出てきます。
でも、それって本当に正しいの?
多数決で、一番多い人たちが幸せになる方法で解決すればいいの?


と、ここで最後のキーワードが登場。

キーワードその5:道具的合理性とメタ合理性


道具的合理性とは、自分が行う選択や行為を一定の基準や価値観に基づいて行うこと。
でも、基準や価値観って、時代や社会によって変わってきますもんね。

そこで、道具的合理性よりも一歩高い地点から、目的自体の妥当性への判断を下すのがメタ合理性。

「メタ合理性」は私たちに、あらかじめ決められて目的の下で合理的に振る舞うことはどんな場合に合理的であり、どんな場合に合理的でないかを問いかけよ、と求めるもの


ここがちょっとわかりにくかったので、メタ認知という言葉から推測してみました。

私の理解したメタ合理性とは、たとえばある行動を選択した場合に、なぜその行動がとるべき合理的な行動なのかをきちんと説明できること。


「だって、常識でしょ」とか、
「ひととして、そういうものでしょ」とか、
ましてや「気持ち悪いもん」とか言った理由ではなく。

これこれの歴史や経過があって、こう言う意見もある中で選択したのです。
とちゃんと言えること、そして、構成員もある程度納得できること。

著者は、

少なくとも私たちがより「人間らしい」社会を築こうとするなら、その制度やシステムは道具的合理性のみではなく、からなずメタ合理性が機能するように設計されていなければならない
と言います。
そのために、あるべき社会とは、
ある社会にとってどういう目的を追求すべきなのか、ということを公共の場における議論を通じて吟味しながら、あるいは歴史の中で人々が試行錯誤しながら形成されてきた判断基準をもとに、より広い合理性の観点から判断するような仕組みがある社会。
それが「市民的公共性」が機能している

ような社会である。
と述べています。

そういうのは社会を作っていくのは、いちいち面倒だし、いっぱい考えなくてはいけなくて、議論もあるだろうし、時間もかかるだろうけど、やっぱり大切なこと。
だと思います。

本書の最後に、道具的合理性が暴走した実例として、ウイグル自治区で行われている再教育キャンプの問題が挙げられています。

実際、年末から騒がれている新型コロナウイルス肺炎騒ぎ。
武漢で、デマを広めようとしたとして摘発された市民8名は、実は現地の医師たちで、デマとされた内容も事態の深刻さについてグループチャットで警鐘を鳴らしていただけだった。
と言うことが明らかになって、問題になっています。
同僚が摘発されたことで、危険性について警鐘を鳴らす医療関係者がいなくなってしまい、結果として感染の拡大を防げなかった。

政府のそうした隠蔽体質が今回の騒ぎを大きくしたのだ、と糾弾されているそうです。

この一件が、どのくらい政府の反省を促すのかは不明ですが、中国を国際社会が信用しないのはこう言う行動なんだ、と認識することは必要だと思う。


新しい概念や言葉もでしたが、いろいろな面で勉強させられた本でした。

令和二年一月の反省



令和もいつの間にか二年になってますね。
一月の反省です。


食費     25,101円
日用品 3,850円
娯楽費    33,433円
予備費 0円
合計     62,384円(47,616円黒字)


食費は、単純に年末に買い貯めた分や、うちのおじさんが実家から貰ってきた分があったので、それを消費しておりました。
そのおかげで、ずいぶんと抑えられております。
とはいえ、だからと言って調子に乗って使わないのが大事。
年間の出費を抑えるためにもケチケチに徹しました。

日用品は、ちょうど猫のトイレ用の砂のまとめ買いがありました。
単価を抑えるために定期購入にしているから、忘れた頃にきたりする。
忘れないよう、気をつけないと。
娯楽費はおおきな変化はありません。
お正月休みはいつも通り、お仕事してました。
週末もほとんどお休みがなかったので、その分あそびにでることもなく、おかげで出費が抑えられました。
良いのか、悪いのか。
長く楽しく働くためには、働く時間とお金のバランスも考えないとね。

なんだかんだ言って、今月は思ったより使わないで済んだ理由は、やっぱり“非常勤になって収入が減る!”って言うプレッシャーが一番効いている気がする。

収入は減るけど、その分休みは増える予定なので、長い目で見れば”出来るだけ楽しく長く、そしてストレスは少なく”働く、と言う目標にはあっていると思うのです。

だから目先の出費に振り回されないよう、この調子で今年は頑張ろうと思います。




スターウォーズ エピソード9



やっぱり観に行っちゃいました。
最終章。

自分の記憶を整理するためにも、ネタバレ全開で書いてます。
そう言うのが好きじゃない人は、ご注意を。








今回ものっけから戦ってます。
がんがんやってます。
最初の方は、スターウォーズ の主要キャラのただいまの活動を、交互に語っているので、シーンが錯綜してややこしい。
とりあえず、ポー・ダメロンとフィンはBB8、チューバッカとともに、反乱軍の協力者から、内通者の情報をもらいに行っています。
帰りがけに、ファースト・オーダーに見つかってガンファイト状態。
撒くために、限界ギリギリの連続ハイパージャンプをするミレニアムファルコン
懐かしのモンスターや、惑星のシーンが次々と出てきます。
やっぱり最終回だしね。

一方、レイは修行の最中。
まだ終わってなかったんだ、修行。
師匠のルークは死んじゃったから、ルークの手記を頼りに独学自習中。
カイロ・レンとは相変わらず繋がっていて、時々、視える幻覚に悩まされています。
母親のように、レイを励ますレイア。

そしてカイロ・レンは絶賛惑星征服中。
ただし、最近の戦闘で兵士がだいぶ減ってしまったようで、人狩りにも精を出すよう、命令しています。
クローン兵士は意外とお金がかかるんで、征服した星の住民を無理やり戦闘員として徴兵することにしたらしい。

ポール・モーランドの著書にも、戦争をするにはなんだかんだ言って人口が必須、ってありましたし、いくら兵器が進歩しても結局は人が大事、ってことなんですね。

征服した惑星ムスタファーで、シスの隠された星エクセゴン(だったか?)の位置を示すナビみたいなウエイファインダーを手に入れ、パルパティーンの遺体を発見。

パルパティーンは死んだんだけど(本人も死んだって言ってるし)、まだ意識とフォースが残っており、それでスノークを現し身としてカイロ・レンの元に送りこみ、洗脳していたのでした。

そして、そして遂に明かされるレイの出生の秘密。
エピソード8では、名もなき人の子供、ってことになっていたようでしたが、結局、パルパティーンの孫でした。
そういえば、そんな予想している人もいたっけ。

パルパティーンの野望についていけなかった彼の子供(息子か娘かは不明)は、自分たちの娘がパルパティーンの道具にされることを恐れて、あえてジャクーに置き去りにしたのです。
レイの驚異的なフォースは、おじいちゃん譲りだったのですね。
やっぱ血筋かぁ。

ところが、パルパティーンはレイの命と引き換えに、パルパティーンの軍団ファイナル・オーダーをカイロ・レンに授けようと、レンに持ちかけます。
話に乗ったレン。

パルパティーンは、潜伏(?)していた星から、レジスタンスの基地がある星を破壊することもできるらしい。
この辺りは、ちょっと話の展開が早くてついていけてません。
そして、星ごと基地が破壊されるまで、あと十何時間、と言うお約束の危機的状況。

破壊を止めるには、パルパティーンのいるエクセゴルに行って
パルパティーンを倒さなくてはならなくて、そのためにはエクセゴルへの道を指し示すウエイファインダー(この世に二個しかなくて、一個はカイロ・レンが持ってる)を手に入れなくてはならなくて、そのためには帝国の部下(?)オチが、かつて消息をたった惑星パサーナにいく必要があります。

と、いつものようにミッションが示される。

今回のミッションに同行するのは、ポー・ダメロン、フィン、チューバッカ、BB8とC3PO、そしてレイ。
ローズは、残念ながらお留守番。
彼女は、この世界では出世していて幹部クラスになってます。

しょっぱなから”レイと一番の仲良しは俺だ”、と言わんばかりに小競り合いを繰り返すフィンと、ダメロン。
そう言う設定だったのか?
レイはレイで、時々繋がってしまうカイロ・レンや、ヴィジョンに悩まされています。

そうして一行がたどり着いたパサーナは、43年ごとに行われる部族のお祭りの真っ最中。
43年って。。。。。
砂漠に色鮮やかな布がたなびいて、とても綺麗です。
が、そこで自分の出自を聞かれ、即答できないレイ。

さらに、ファースト・オーダーの兵士に見つかり、またもや逃げ回る羽目に。
いよいよと言うところで、助けてくれたのがランド・カルリジアン。
この人も、エピソード5の時はギラギラの色男キャラでしたけど、すっかりいいおっさんになってます。
レイたちを抜け道から逃して、さっさと退場?
と思ったら、最後の最後においしい役で再登場。

無事にファースト・オーダーを撒いたレイたち。
と思ったら、流砂に飲まれて下の洞窟へ。
洞窟で、また都合よくオチの遺体に出くわします。
ついでに、ウエイファインダーの見つけ方を記した短剣をゲット。
オチの遺体が、綺麗な骨になっているところを見ると、死肉を処理する生き物が居るようです。
と思ったら、巨大蛇に遭遇。
蛇は怪我をしており、それに気づいたレイが傷をフォースの力で治します。
大蛇はお礼に何かしてくれるのか?
と期待したけど、そのまますんなり退場。
短剣には、ウエイファインダーのある場所への道筋が刻まれていましたが、その文言は禁じられた言語なので、翻訳できないとC3PO

洞窟を脱出したレイたちは、オチが乗ってきた船を拝借することにして、修理します。
そこで、何かに誘われて砂漠に彷徨いでるレイ。
レイを探しに出たチューバッカがファースト・オーダーに捕まり、短剣も奪われてしまいます。

やってきたカイロ・レンと死闘を繰り広げるレイ。
そこに、チューバッカを乗せた輸送船が。
レイとレンのフォース合戦の末、輸送船が爆破してしまいます。
力の暴走をコントロールできず、チューバッカを殺してしまったと嘆くレイ。
その割に『必要な犠牲だよ』『仕方ないよ』とあっさりしたダメロン。
フィンもうまく慰められないままに、短剣に刻まれた文言を翻訳するため、潜りのハッカーがいる惑星キジミへ向かうことになります。

キジミは、ポー・ダメロンの出身地。
元カノでスパイスの密輸団を率いるゾーリがいました。
いきなりゾーリと闘う羽目になるレイ。
戦いの末、意気投合するレイとゾーリ。
目的のハッカーに会えたものの、文言を無理に翻訳すればC3POの記憶がリセットされてしまうと判明。
動揺する(ロボットなのに?)C3POに、意外と冷たく必要な犠牲だとかなんとか言って、同意させるダメロン。
暑い正義漢の代わりに、冷徹な指揮官の顔が見えてくる(?)。

記憶はリセットされたものの、キャラは相変わらずなC3PO
一緒に行動を共にします。

ここで、チューバッカが実は死んでいないことが判明。
別の輸送機に乗っていたのでした。
今は、カイロ・レンの船に乗っています。
チューバッか救出に向かうレイたち。
あっさりチューバッカを救出し、ついでに短剣も奪回するためカイロ・レンの部屋に向かうレイ。
そこで短剣を手に入れたものの、ダースベーダーのカブトを通じてレンと繋がってしまいます。
レンはレイを探してキジミに降りていたのでした。
キジミ星と船上とで戦いが勃発。

危ういところで、カイロ・レンを振り切り脱出するレイ。

見せしめに、キジミが破壊されてしまいます。
ゾーリは〜!!!!????
てか、カイロ・レンやりすぎやろ。
ここはエピソード4の冒頭で惑星オルデランが、ダースベーダに破壊されるシーンに被せてだと思うけど、ちょっと唐突な感じがしなくも無い。

一行は墜落したデス・スターの残骸が残る惑星ケフ・バーに到着。
ここでは、ファースト・オーダーの脱走兵が集まりコミュニティを作っていました。
リーダー・ジャナの協力もあって、遺跡にたどり着くレイ。
ウエイファインダーのある場所を示すのは、苦労して取り返した短剣。
仕込んであったコンパスみたいなのを引っ張り出すと、形が一致する、と言うまさかのアナログ使用。

皇帝の間で、ウエイファインダーを見つけたものの、そこでダークサイドのレイに出会います。
ダークサイドからの誘惑。
なんとか振り切ったと思い間も無く、追いかけてきたレンに出会います。
散々苦労して手に入れたウエイファインダーも壊されてしまう。
またもやレンとの戦いシーン。

一番大変だったシーンだそうです。

フォースも使っての激しいバトルですが、お互い心が通じ合っているだけにちょっと手加減してる感が拭えない。
そこに、息子を案じたレイアのフォースが介入。
レイアもかつては、ジェダイになるための訓練を受けていたほどのフォースの持ち主。
なんかね、余計な感想ですが、息子の夫婦喧嘩にチャチャいれる姑、、、、とは違うんだよね。
もっとも、このお姑さん、どっちかって言うと嫁の味方してくれてます。
危ういところでレイアのフォースに助けられ、逆にレンを刺してしまうレイ。
そこでレイアがレンの代わりに命を失います。
ジェダイは死ぬと身体が消える。
消えちゃったレイア。
やっとスターウォーズから解放されたんですね、キャリー・フィッシャーさん。

瀕死の重傷を負っているレン。
レイは蛇を治したのと同じ力で、傷を癒します。
レイに助けられ、ついでに生まれ変わった(?)レン。
今までとなんか違う。

呆然とするレンを置いて、独りケフ・バーを後にするレイ。
そういえば、ウエイファインダーはもう一個あったんでした。

エクセゴルに着いてパルパティーンと対決するレイ。

パルパティーンは、レイの死を望んだことなどなく、むしろ自分を倒して自分に成り代わって欲しい、と告げます。
パルパティーンを倒すことで、パルパティーンの遺志をつぐシスになるのだそう。
よくわからんのですが、そう言う理屈らしい。

パルパティーンは、倒したい。
でも、シスになるのは嫌だしな。
それにパルパティーンはおじいちゃん。
唯一の身内といえば身内。
逡巡するレイ。
そこに、生まれ変わってライトサイドになったレンがやってきます。

そして、反乱軍の反撃が始まる。

ケフ・バーの原生馬を使った攻撃は、センサーに引っかからず攻撃をすり抜けて、ファースト・オーダーの艦船を攻略。
しかし、期待している援軍はこず、さらにまんまとレイとレンを手に入れて、復活に必要なフォースを吸い取ろうとするパルパティーン
ってことは、パルパティーンの自分を倒して欲しい、と言うレイへの依頼は嘘だったってこと?
それとも、レイに代替わりしてもらう代わりに、二人のフォースを手に入れたら自分が復活できるから、そちらの方が手っ取り早いと思ったのか?

力を失い、墜落するカイロ・レン。
パルパティーンの発するフォースのため、窮地に立たされる反乱軍。
珍しく弱気になるダメロン。

なんだかんだあって、パルパティーンを倒すレイ。
復活しかかっていたファイナル・オーダーも姿を消す。
ファイナル・オーダーってパルパティーン連動制だったのね。
その正体はやっぱりゾンビ、だろうか。
あの世から連れてくれば、兵隊の数は無限大、だもんね。

絶好のタイミングで、援軍を引き連れやってくるランド。
ここも、エピソード4のラストシーンを彷彿とさせる。

反撃に成功する反乱軍。

レイは、パルパティーンとの戦いに力を尽き果てて、瀕死の状態。
そこに這い上がってきたカイロ・レンが、力を与え、息を吹き返すレイ。
初めて出会ったように笑い合う二人。
しかし、レンはそこで命が尽きてしまいます。

戦争は終わったけど、みんな死んじゃってひとり残されたレイ。

最後、スカイウォーカー家発祥の地、タトゥーインに立つレイ。
ルークの育った家の側に、ライトセーバーを埋めるレイ。
通りすがりの人に、名を尋ねられ
『レイ・スカイウォーカー』
と答えるレイ。
冒頭で、ラストネームが答えられなかったシーンが、伏線になってます。

と言うことは、レイがジェダイを復興させることになる、ってことかしら。
カイロ・レンと玉座に座るヴィジョンがずっと付き纏っている、とレイが言うシーンもあったし、レイは結局、形的にはスカイウォーカー家の嫁ってことで、良いのか。

よくわかんないけど、めでたしめでたし。

話の展開が忙しなくて、なんか置いていかれた感が拭えなくも無い。
でもこの尺で新しいシーンやクリーチャーを盛り込みつつ、みんなが納得する着地点に収めるのって、すごく難しいと思う。

そうそう、ファースト・オーダーの内通者はハックス将軍でした。
いかにも裏切りそうな人だったものね。
神経質そうな美しい容貌が、ぴったりです。

結末への不満が、次の新たな創作を産むのだと思うと、この終わりでいいのかな、と思いました。

DVDの発売は、半年後かな。
きっと買うんだろうな。
思い出せなかった細かいところが、沢山あります。
ジャクーでレイを引き取った男性が誰だったとか、新しいキャラD−Oとか。

エピソード8も買ってしまいました。
復習も兼ねて、年始はゆっくり観て過ごそうと思います。


令和元年十二月の反省



明けましておめでとうございます。

早速ですが、十二月の反省。

食費    27,297円
日用品   4,468円
娯楽費   35,137円
特別費   45,409円
合計    112,311円 (−2,311円赤字

年末ですしね、でも、それを言い訳に贅沢しすぎたか?

お惣菜や出来合いのもので済ませた分が、一番大きかった気がします。

映画も観たけど、ついでに外食、ってのは、しなかった。。。
だけど、その分お高いデパ地下のお惣菜買っていたら、外食しなくても出費は嵩む。

当たり前だけど、つい持ち帰りで買って帰る方が、節約しているような気になってしまってました。
その辺りをちゃんと冷静に考えながら、お買い物をしていこうと思います。

食費は、お惣菜で済ませた分を娯楽費・特別費に入れているので予算内に収まってはいます。

でも、全体としては予算オーバーなので、これは要反省、です。

今年は収入も減りますし、所得税は上がるらしいし。
手堅く生活費を抑えるのは、収入の変動への一番有効な対策。
景気対策には、ならないけどね。
そんなん庶民やもん、知らんがな。

新しい年も、また地道にコツコツやっていこうと思います。






今月からパート勤務



突然、今月からパート勤務になりました。

今回の勤務形態変更には、いろいろ大人の事情があり、それにはDr.面倒くさ男が大きく関わっているのではありますが、まあ、私の目下の目標は、この先どこまで長くなるのか先の見えない老後に備えて、細くしぶとく働き続ける事。
なのでこの際、しのごの言わずに、変わることに相成りました。

今度の一件でわかった事は、私は彼を“面倒臭い男だ”と思っていたけれど、向こうも向こうで、私のことを”仕事をしない人間だ”と弾劾していた、という事でした。
立場が変われば、視点も変わるし、意見も違う。
みんな違って、みんな、、、なんとやら。

聞くところによると、彼はいつも彼にばかり仕事を回されるので、同じ常勤医なのに、業務の上ですごく損をしている、と主張していたそうです。

土日の当番は一切しないし、『奴がごねるから』という理由で、本来は奴が行くべき地域の臨時の往診に何度も行かされた私からすると、そして採血チェックをいつもやる羽目になっていた私からすると『どこが?』という気持ちでいっぱい、なのですが。
彼の視点からすると、そういうことになるらしい。

そして、彼は担当患者がいつも自分だけ多い、と思っていたようです。
たしかに、朝、担当予定表を眺めて
『なんで、昼飯も食わんで回るのにこんなに数が多いんだ?』
とクレームをつけているのを、見た記憶がある。
その日に回る予定の患者さんは、患者さんが住んでいる地区で大体振り分けるので、数名のずれはあります。
でも当然のことながら、いつも彼だけが多い訳じゃなくて、私の方が多いこともある。
そもそも、他人の担当患者の数なんて数えたことないし。

それにお昼ご飯を食べないのは、彼の都合であって、お昼を食べないからと言って患者さんを減らすとか、そういう事はありません。
むしろお昼ご飯に費やす時間がない分、たくさん回れるはずだから、と、リーダーが担当患者さんを増やす事はある。

ただ私は、時々特殊な検査を依頼されることがあって、そういう時は少し時間を多めに取るのですが、逆に検査が早く終われたら、その分、全体として早く終わることになる。

それも、彼からしたら『ずるい』ことになっていたのかもしれません。

彼だって資格的にできない検査ではありません。
ただやらないだけ。
それなりに、手間も時間もかかる検査ですのでね。

それにしても、私より早く終わって早く帰りたいがために、お昼を抜いていたなんて。

そう言えば、以前は食べてましたっけ。
いつからか食べなくなってた。
スタッフの中には、臨時の往診を受けたくないからでは(早く終わって消えてしまえば、依頼されようがないから)という説もあった。

なんだかんだで、彼の不公平感を是正するために、そして私や副院長の負担を減らすために、院長から提案があって私が非常勤になることになりました。
去年から始まって色々溜まっていた、職場内の不平を治めるのに、こう言うことになったのでした。

それにしても、私も自分の器の小ささには自覚がありますが、あまりのセコさに笑ってしまう。
しかし、相手の器を嗤えば、また己の器の小ささをまた思い知らされるもの。
器の小さい人間に関わると、こっちもどんどん小さい人間になってしまいます。
やっぱり、あまり近づかない方がいいな。

そう言えば臨時往診も断れなくなったので、いつまたお昼を食べるようになるのか、目下のところ皆、興味しんしん。

パートになったおかげで、とりあえず採血チェックの仕事からは外れることになりました。
あと、往診前に来る外来患者さんの診察も。
これまでは、私か副院長が分担してました。
全部重なると、結構な負担だった。
これからは、面倒くさ男先生もすることになります。
私にも、多少は良い事がないとね。

ただ時給になったので、仕事が早く終わったからと言って、早く帰るとその分、お給料が減ってしまう。
仕事が早く終わってクリニックに戻った日は、時間調整で残っている。
今のところ、自由に過ごしていていいので、“待機”という形で残っております。

同じくクリニックに残らねばならない面倒くさ男先生(以前は終わったらさっさと帰っていたのですが、今回の監査で9時から18時まではクリニックにいないといけない、となったのでした)と、同じ医局で鼻を突き合わせるのは、”さすがにしんどい“。
と思ったら、『隣の小部屋を自由に使って良いよ』と言ってもらえたので、そこでゆったりと、いつか読もう、と思いつつ積読状態だった本を読んだり、勉強したりして過ごそうと思います。

実際には、クリニックに戻ってからも看取りや急患の対応があったりするので、仕事も無いわけでは無い。
(以前は院長が行っていたのですが、行けなくなったので)

パートになったので、今までつかなかったオンコール手当もいただけるようになりました。
むしろ勤務日数が減ってしまったので、オンコールを率先してやらないと(てかやっても)収入は減少です。
当初は『常勤医と同じ収入は確保できる』と言われたのですが、実際は違いました。
知らなかったのですがパート勤務の場合、月に働ける日数が決まっており、それを超えて働くとパート扱いができない、のだそうな。
と、言うより、たくさん働きたい人は常勤にしなさい、と言う事なんですね。
そこのところは院長も事務長も知らなかったようなので、仕方ないかな。

なので常勤の時より、2〜3割近く収入が減ってしまう事が判明。
さらに、そこから健康保険とか年金とかを、自分で負担しなくてはなりません。
手取りも減るから、少々というかかなり痛い。
相変わらず子虫たちは、スネをかじる気満々でおりますし。

まあ、以前より休みがとりやすくなったのだ、と思うことにしました。
初めは『そんなものは無い』と言われた、有給もちゃんともらえることになりましたし。

色々ありましたが、これで良かった、と思うことにしよう。

来年も、無事にお仕事がありますように。
そして元気に働けますように。