とりあえず始めてみます老いじたく

ねんきん定期便をきっかけに老活してみることに

ギャラリーRAN

今日の鹿児島は雨。
先日までいいお天気で、連日の気温も25度を超えてて、まだ夏の続きみたいな陽気でした。
この時期の鹿児島は、いつまでも秋が続く最高に過ごしやすい季節です。

それが一転して、今日は雨。
最高気温も20度を下回って、肌寒い。
日頃、暖かい気候に慣れているので、寒くなると途端に意気地がありません。
こんな日は、外回りが基本の在宅は辛いな。

さて気を取り直して、今日のお昼は、鹿児島中央駅近くのギャラリーRAN。

ran-cafe.business.site

以前から美味しいと聞いていたのですが、なかなか行く機会がなく。
今日は、ちょうどお昼時にこちらの近くを通過することになり、運よく席も確保できました。
普段はおしゃれなマダムで一杯だそうです。

『ギャラリー』と付いているだけに、お店の奥にはガラス作品の展示が。

壊すといけないので、近寄らないでおこう。


お昼のランチは、鯖の味噌焼きか、鶏肉の味噌マヨソース焼きかの二択。
デザートとコーヒーか紅茶がついて税込1080円也。
2:30以降は1400円になって、小鉢がついてワイン、ビールがOK.らしい。

他にもカレーとかホットサンドイッチとか、メニューはいっぱい。
夜は10時まで営業。
夕方からは、お酒を飲みに来る人で一杯だそうです。


こちらがランチ。
評判通り、美味しい。
味付けも濃くないのが嬉しい。
ポテトサラダのポテトはさつまいもでちょっと甘め。
お肉の上に乗っている焼き野菜が美味しい。

しっかり食べてお腹いっぱい。
体もぽかぽか温まりました。
ごちそうさまでした。
午後からも頑張ります。




おまけの写真

訪問から戻ったら、傘がこんな風に乾かしてありました。
モダンアートみたい。



そしてお仕事の終わった夕方、雨だし寒かったのでJRで帰ろうと思ったら、大雨のせいで線路が崩れて運行できない状態、とか。
南国の雨の降りかたは、半端ないからなぁ。
仕方がないのでとぼとぼと、歩いて帰りましたとさ。

ボヘミアン・ラプソディ〜めっちゃネタバレしてます


突然ですが、私の妹はけっこう好き嫌いがはっきりしている人で、気に入らないとどんなに高価なものでも、有名ブランドでも目もくれない。
その代わり、気にいるととことん使い倒す子です。
小学校の頃、一週間くらい同じ服を着てたことがあって、同級生が『妹ちゃんって、服を一枚しか持ってないみたいね』と家に帰って母親に言ったとかで、心配したそのママ友に母が『女の子さんなんだから、たまには違う服も着せてあげたら』と言われてしまったことがあったくらい。
(『違うのよっ。服はいっぱい持ってるけど、その服しか着ないのよっ』と母が必死で弁明してましたっけ)

そんな妹が、ある年の夏にハマったのがクイーンでした。

夏休みの約一ヶ月ほど、毎日、寝ている時間とご飯食べている時間以外は、延々とクイーンのアルバムをエンドレスで聞かされた私。
一時は、クイーンを聴くと蕁麻疹が出るんじゃないか、と思ったっけ。

スティングは、世界一セクシーな声の持ち主だと思ってたけど(今も思ってます)、フレディ・マーキュリーの甲高い声はちょっと耳障りに思えたし、エイズで亡くなったって話も、誰かに聞いて『ふーん、そうなんだ(やっぱ、ロックやってる人って非業の最期を遂げるんだねぇ)』くらいの感想しかなかったのでした。

だけど、先日のよくわからんかった『2001年宇宙への旅』を観に行った時の宣伝を観たらば、ちょっと面白そうだな、と思いまして。
あの夏からもう40年は経ってるから、もう蕁麻疹も出ないし。
それで、アミュプラザIMAXで観てまいりました。
ここからネタバレ全開です。


舞台は、1985年に行われたコンサート場面から始まります。
世界中に配信されたチャリティ・コンサートで、あのダイアナ妃の姿も一瞬ですが出て来ます。
当時の映像と、新しく組み入れた映像の違いがわからないくらいに作り込まれてます。

そして、舞台に出て行く直前のフレディの後ろ姿を映したところで、場面が変わって飛行場の貨物係をしている若き日のフレディ。
どんなに有名な人物にだって、箸にも棒にもかからないちっぽけな時代があったのですな。
実直な父の期待に答えられずに、ふらふらとバイト生活をしているらしいフレディくん。
気に入った素人バンドの追っかけをしています。
ある日、自分の作った曲を売り込もうとそのバンドのメンバーに会いに行ったところ、なんとボーカルが辞めたばかりだという話。
チャンスとばかり、自分を売り込むフレディくん。
『出っ歯だから、広い音域が出せるんだ』と言ったり、自分からお願いした割には、『オファーについて考えてやるわ』的なことを言ったりと、最初から態度がでかくて、俺様フレディ様なところが、才能ある所以かしら、と思わせる。

最初のコンサートでは、マイクの高さをうまく合わせられなくて、パニクった挙句、スタンドから外してしまい、振り回して歌い出すわ、歌詞忘れて即興で歌うわ。
でも、彼の素晴らしい歌唱力に、みんな熱狂したのでした。

やがて、さらなるステップアップを目指してアルバムを作ることにした彼ら。
その制作現場にたまたま居合わせた敏腕プロデューサーの目にとまり、トントン拍子でデビュー、ヒット曲を次々とだし、コンサートでは人々が熱狂し、気がついたらトップスター。
ボーカルデビューの際に知り合ったメアリーとも婚約して幸せ絶好調。

なんてね、本当はそうでもなかったらしいですね。

最初はなかなか売れずに苦労したらしいけど、そこは映画ですから軽くスルーしてます。
実際は、フレディ以外のメンバーも作詞作曲をしていてちゃんとヒットを出しているし、初期には楽器を手作りしたりと、それぞれに才能ある人たちだったようなのですが、早逝の天才フレディ・マーキュリーに焦点を当てるために、その辺は省略されています。
まあ映画の長さを考えたら、それはそれで仕方がないのでしょう。

兎にも角にも、押すも押されぬスターとなったフレディとメンバーたち。
新しいアルバムを作るため、田舎家にこもります。
ここで、あの有名なボヘミアン・ラプソディが作られたそうな。
その辺りから、メンバー同士の確執だったり、のちに愛人となるポールとの絡みだったりが語られます。

ボヘミアン・ラプソディは、当時から賛否両論というか酷評されることが多かったようで、発表するのも大変だったらしい。
なんとか説得して出したものの、最初は見向きもされなかったとか。
そうかもな、今聞いてもかなり癖のある曲だもんね。
あんなの他にはないだろう、という気はする。

ボヘミアン・ラプソディはこけたけど、他の曲はやっぱりヒットして、相変わらず売れまくりのクイーン。
なんとなく、自分がゲイなんじゃないか、と気が付き始めるフレディ。
ある日、思い余ってメアリーに打ち明けると、あっさり
『あなたはゲイなのよ』
と言われてしまう。
こういうことってやっぱり、わかるもんなんですかね。

あまりゲイの人と話したことがないのですが、以前、飲み屋で同席したゲイの人に聞いたら、
『相手がゲイかどうかは、見たらわかる』
ものなのだそうです。
私は彼が自分で言うまで、気が付きませでしたし、知らされた後も、異性愛の人との違いはわからなかったな*。

ともあれ、自分がゲイだと自覚してメアリーと別れ、ポールと暮らし始めたフレディ。
別れたのに、メアリーが恋しくてわざわざ隣に家買って住んだり、ベッドルームからランプを灯しあって合図しあったり、とこの辺り寂しがりやの子供みたいなフレディ。
寂しげな表情が胸に迫るものがあります。
うまいなぁ、この役者さん。

この辺りから、元のメンバーとのすれ違いがますます増えてきて、それでもその中で、かなりの有名な曲が作られていきます。

けれども、結局は決裂。

フレディはソロデビュー。
毎晩、仲間を集めてどんちゃん騒ぎ、お酒を浴びるように飲んで、ドラッグをやって、と荒んだ暮らしを続けます。

あるパーティの後、フレディはケータリングスタッフのジム・ハーディと知り合います。
ジムはフレディに『本当の自分を取り戻したらまた会おう』とだけ言い残して去っていきます。
なんか、格好いいんですけど。

ついに、ポールと別れてメンバーの元に戻ろうと決心するフレディ。
メンバーに『許してくれ、元の鞘に戻ろう』と謝ると、最初はあれこれ言う割には、あっさり許されるフレディ。
主役であるフレディが、エキセントリックな人物なのはその通りとして、彼を取り巻くメンバーや弁護士をはじめとした関係者たちが妙に物分かりがいいのは、彼らがご存命だからかしら。
反対に、ポールがあまりよく描かれていないのは、途中で暴露本出したりしたから、かな。

とにかく、元に戻って復帰第一弾のお仕事として、冒頭のチャリティー・コンサートに出演することになります。
しかし、その時すでにフレディはエイズに感染し、発病しておりました。

最後の30分は、がっつり当時のコンサートの場面が流されます。
私はコンサート自体を観てないし、よく知らんのだけど、DVDで、『何度も観た』という人も納得の作り込み、だそうです。
なんでも、ちらっとしか出てこない端っこの方に写り込んでる小道具なんかも、しっかり再現しているらしい。

歌も、俳優さんがフレディの音声を使わずに歌っているシーンもあるそうなのですが、どのシーンかあんまりわからない。
もしかしたら最後のコンサートの場面は、全部、俳優のラミ・マレックが歌ってたのかも?

切り替わる場面と音楽のテンポがよくて、観ていて楽しい。
一人の音楽家の栄光と挫折の物語、と思って観ると、ちょっと物足りないかもしれない。
あんまり、ネガティブなパートがないしね。
あれだけ癖のある人物だったのだから、おまけにゲイだし、当然あったであろう家族との確執もほとんど語られてません。
てか、お母さんも妹も理解ありすぎ。

でも、音楽は素晴らしかったし、映像も素敵。
何より、ラミ・マレックの演技が良かった。
ちょっとした表情とか。
他のメンバーを演じた俳優さんたちも、すごく役作りしてます。
難をいえば、NHKの朝ドラみたいに、主人公たちがあまり老け込まない(経年変化がわかりにくい)ところかな。
実年齢が45近くなってても、最初の大学生の頃の容姿のまま、なんですもの。
メアリー役の女優さんも、とても上品で綺麗な女優さんでしたけど、もう少し年取っててもいいのでは?

それはさておき、クイーンのことを全然知らなくても、十分楽しめる映画でした。



*:ゲイとはっきり知って話をしたのは、その人が初めてだったので、比べようがないのですが、ごく普通の感じの良い青年でした。
(飲みの席でたまたま同席しただけなので、相手も言ってもいいやって思ったのでしょうね)
彼の恋人だというおっさんとも話をしたのですが、そっちは、やけに男尊女卑でミソジニーな言動のやな感じのおっさんでした。
けど、男尊女卑でミソジニストは、普通のおっさんにもたくさんいるしな。。。。ん?もしかして、男尊女卑のミソジニストって実は隠れゲイ?。変なことに気がついてしまった。。。。

天才感染症 上・下巻

SFです。
現代が舞台です。
主人公はNSAの期待の新人です。
しかし残念ながら、007シリーズのような華やかな話ではなくて、エンディングも地味に『なんだかな』な感が拭えない。
何しろの話なんですもの。

でも、この黴(というか本の中では”真菌”とか”茸”とか呼ばれてますが)、感染した宿主の脳に寄生して宿主の脳の機能を驚異的に高めてくれる。
つまり、この菌に感染すると天才になれちゃう。

なんか、ちょっとおもしろそうでしょ。

話は、アマゾンのジャングルから帰ってこようとするポールから始まります。
ポールは菌類学者で、採取した菌のサンプルをアメリカの大学に持ち帰って研究することに情熱をかけてます。
このポールくん、ジャングルから戻る途中に、乗っていた船がテロリストに襲撃され、危ういところで船から脱出するもジャングルに取り残されてしまいます。
彼はジャングルで不思議な発光茸に導かれ、奇跡的に生還します。
が、帰ってきた途端に重症肺炎で入院。
どうやらジャングルで茸の胞子を吸って真菌症にかかっていたらしい。

ところで、黴とか真菌とか茸とか、表記は違うけど中身は全部一緒。
真菌です。
本の中では、様々な真菌のことが書かれています。
蟻の脳に寄生して、蟻の行動を操る真菌。
一見、蟻には不利に見えるけど、病気にかかりにくくして蟻の寿命を延ばす(そうして自分も増えやすくなる)ように助けてもくれる。

同じように小説に出てくる菌も人間の脳に寄生して、人間の機能を高める=知能が上がるように働き、その上、その人間が菌の生存増殖に適した行動をとるように、心を操ります。
人間様の脳とアリンコの脳が、真菌にとっては大して変わらん(同じように寄生出来ちゃう)対象とされていることについて、どう感じるか人によって違うと思うけど、所詮、人間もその程度、と思うと清々しい気もします。

感染による重症肺炎で生死の境を彷徨ったポールでしたが、無事に元気になります。
そして、頭が良くなる。
と言っても、10代のうちに大学を卒業してて、22歳ですでに博士号も持ってて、さらに自分の研究室も持ってるは、指導すべき大学院生もいるは、のポールは宇宙兄弟の主人公たち並みにハイスペック。
もともと頭がいい人が、より頭が良くなっても、当然ですがあまり違いがわからず、周りにもすぐには気づかれません。
つまりこれは『アルジャーノンに花束を』系のお話じゃないってことですね。
ちなみに『アルジャーノンに花束を』も、お話の中でちょびっとですが出て来ます(映画で言えば、さりげないワンカット的に)。

さて、そのポールの一歳下のニール。
彼が主人公なのですが、ニールもポールに負けず劣らず超優秀な頭脳の持ち主で16歳で大学に入学しますが、生来の性格が災いして(どうやら社会規範に従えないタイプらしい、ちょっと高機能自閉の気あり?)卒業できずに中退、フリーターをしてます。

しかし、何しろ超ハイスペックなニール君ですから、頑張ってNSAに採用してもらえます。
そしてそこで頭角を現し、NSAの影の実力者らしい上司を始め職場のみんなに一目置かれる存在になります。

そして、ポールとニールの父。
彼は元NSAの情報員でしたが、今はアルツハイマー病で引退。
日々衰える己の知能と戦いながら暮らしています。

ところで私が日々、訪問で伺う患者さんの多くは認知症なのですが、もともと知的職業についていた人ほど、周りも本人も辛いですね。
いろいろなことを忘れたり、出来なくなってしまうことへの恐怖や不安を、切々と綴ったメモを拝見したことがありますが、本当に身につまされて、読んでて涙が出そうになりました。
だからお父さんや、ポールとニールの気持ちもよくわかる。
アルツハイマーの患者さんの家族って、本人もですが、本当に辛いですもの。

話はポールとニール、そして彼らの父親を中心に進んでいきます。

菌のおかげで、さらに知能がアップしたと自覚したポールは、アルツハイマーに苦しむ父親にも効果があるんじゃないか、と思い、倫理員会とか安全性とかをすっ飛ばして、父親に菌を感染させます。
おかげで、以前の能力を取り戻すお父さん。
でも、ポールの勝手な行動に激怒するニール。

一方南米では、人々が突然環境保全に目覚めていました。
その上、一部がテロに走り大統領を暗殺したり、クーデターを起こしたり。
挙げ句の果てにはアメリカと交戦状態になります。
全ては菌に感染した人々が、菌の安全を確保するために行ったことでした。
どうして環境保護に走るとアメリカと戦争することになるのか、割と疑問も持たずに納得してしまうあたり、アメリカという国の抱える問題が垣間見えます。

アメリカ合衆国内でも菌に感染した人々がじわじわと増えてきていました。
南米から入り込む麻薬に菌を混入させて、”頭が良くなるサプリ”として学生や若者達の間で密かに流行っていたのです。
その上、初期には重症肺炎を起こしていたのが、宿主に合わせて変異したのか、インフルエンザ程度の症状で済むようになって来てます。

後半、主人公ニールくんも菌に感染するのですが、知能が高まって以前は苦手だったことが、難なくできるようになって気分は上々、菌の生存や増殖に役立つことを考える分には、幸せでいっぱいな気持ちになれる、という思ったより悪くない状況。

フォート・ミードや仕事のことを考えると、圧迫感と不安、そして恐怖が迫ってくる。反対にここに残ってリガドスに加わることを思うと、凍てつく冬の夜にあたたかい炎を見つけた時のような幸福感がこみ上げてきた。この場所は安全で、僕を受け入れてくれる。

という心境になります。
なんか、悪くなさそうなんだけどな。

さらに、真菌の増殖に適した人類へと進化するため、地衣類と一体化して、太陽光エネルギーをより効率よく摂取できるようになり、思考もやがて感染者達同士ネットワークで繋がり一体感を感じられるようになる。

真菌としては、この調子で人類を全部感染者にして一体化させ地球を地衣類と真菌と一体化した人類で満たしたいらしい。
そうすることで、真菌にとっての最適な環境を作れるからです。
争いも、貧困も、それに伴う苦しみもない世界。
悪くないんじゃないの。
と思ったらいけないのかな。
そういう世界では、みんなとつながっているから、別に誰かとの差異を気にしなくていいし、差別化しなくていいし、あくせく働かなくていいし。
ちなみに、この菌に感染しても人間としての創造性がなくなるわけじゃなくて、むしろ高まるそうな。
菌としても宿主である人間には、幸せにかつ平和に増えてもらわないといけないので、"楽しいことを楽しむ"行動はなくならない。
毎日、楽しいことだけしてる毎日。
いいなぁ。
とふと思ってしまう。
みんなで地衣類と一体化してまりもになって、ふわふわ、ころころ。
分裂したり、一緒になったりして、地球規模の巨大まりもになった人類。
悪くないんでないの。

だけど、そういうのアメリカ人には受け入れられないのでしょう。

主人公ニールも、菌に感染して一体化することへの幸せを実感しつつも、菌の支配から逃れようとあれこれ試みます。

そうこうするうちに、感染者達がアメリカ国内で反乱を起こし、南北アメリカ大陸は、真菌感染者でいっぱいになり、人類は菌に征服されそうになります。

そこで人類が対抗策として開発したのが、菌を改良した新しい新種の菌。
この菌に感染すると、菌に操作される代わりに命令者の言葉にだけ反応するようになります。

オリジナルの真菌は自分が増えることができればいいので、宿主の行動もそれほど規制しない、菌にとってより良い環境を作れて、さらに宿主も幸せになれるように行動させます。
それに対して人工の菌は、菌自体の目的はなくて、もともとコードされていた命令者の声に従わせるだけです。

二択しかないなら、どっちに感染したいか、は明白な気がする。

主人公達もなんとかして、人工の菌を使わせないよう頑張りますが、とっくに軍に使われてました。
戦闘の最中に、主人公達も人工の菌にも感染してしまいます。
さあ、人工の菌が効果を発揮するまでの潜伏期間に、ことを決めてしまわなければ。
緊迫した状況になっていきます。

オリジナルの菌は、菌の生活環境をよくしようと行動すると宿主が幸福を感じるように脳を操作します。
ただ、宿主の人間がどのように菌の環境をよりよくするか、その実行の部分については人間にお任せなのです。

だから、感染者の中に環境テロリストがいれば、テロがより洗練された形で実行されるようになるし、麻薬密売人が感染すれば、闇のドラッグとしてアメリカに持ち込まれる。
アメリカや南米で内乱が起きたのは、菌のせいではなくて人間自身の問題である、とも言えます。

ポールもニールもそれぞれ”菌のためにこれがベスト”と信じて、別の行動をとるようになります。

こうなったら、菌の生育環境を作るために核爆発を起こして、地球規模の天候不順を引き起こそう。
人類は絶滅の危機に瀕するけど、みんな死に絶えるわけじゃない(一部は生き残るだろうし)真菌のためにはその方がいいよね。
と考えるポールと彼に従う感染者たち。
そうはさせまいと、人工の菌に感染して怖いもの知らずの戦闘員と化したアメリカ軍兵士達。

間に挟まって、あれこれ画策しつつも結局、中途半端なニール。

際どいところで、ニールの上司(善なる目的のリーダー?)が、命令者だった将軍から、命令のためのコードを手に入れ、戦闘を終結させます。

とりあえず、感染者は菌の増殖を抑制する抗真菌剤を飲み続けることで、菌からの支配を脱することに成功。
核爆発も、回避できてめでたしめでたし。

と、一応ハッピー風のエンディングなのですが、何だかんだあった結果として、世界は”いつオリジナルの真菌がまた蔓延しだすかわからない状態”+”自ら作り出してしまった、人を完全にマインドコントロールできる人工菌(データさえあれば誰でも合成可能)の存在する”世界となっておりました。

みんなで良かれと思って頑張って、より困った状態を作ってしまいましたとさ、という、ある意味バッドエンディングです。

主人公のニール君が、なかなかに憎めないキャラだし、登場人物達がそれぞれに置かれた立場で真摯に努力している人たちで、本当に嫌な奴ってのがいないのが、救いかな。

ところで、最近NHKの特番や、サピエンス全史で言及されていましたが、ホモ・サピエンスが世界中にはびこる(人類として生き残る)ことができたのは、抽象的な概念を信じるということができたから、だそうです。
つまり、神とか国家とか民族とか、民主主義とか共産主義とか、お金とかビットコインとか、そんな目にも見えないし、触れることもできない存在を『ある』と信じて、行動することができたことが集団でまとまり、個人の力以上のものを発揮できるようになった、そのことが文明を発達させた。
のだそうです。
じゃあ、その”抽象的な概念を信じることができる”ようになったきっかけって、なんだったのでしょう?

そもそも、この小説に出てくる真菌の作用は、直接人間の脳を操作して行動を起こさせるのではなく、人間の脳細胞間の連絡をより効率よくすることで、知能を向上させ、その人間が菌のためになる環境を作ろうと行動したくなるように仕向けること。
その際の優先順位は、家族愛とか同胞愛、既存の道徳観よりも菌が上になります。
感染していない人は、そうなってしまうことを恐れてなんとか防ごうとしてます。

でも”菌”の部分を”神”に置き換えたら、”感染”を”宗教体験”に置き換えたら、何も真菌に感染しなくても、普遍的に起きてきたことでもある。

ひょっとして、すでに実際に真菌(じゃなくても何かの寄生体)に感染、してたり、して??

読み終わって、また考えてしまう作品なのでした。

百日紅


紫原という団地の住宅街の中にあるお店です。
自宅を改装したって感じのお店。
いつ見ても駐車場は一杯、席も満席でなかなか入れずにいたのですが、ダメもとでのぞいて見たら空いてました。



www.google.co.jp


早速、入店してみました。
お店はこざっぱりとした内装。
和室にテーブルがおしゃれ。



メニューはランチのみの一種類。
お任せメニューですね。
やって来たのは、結構な大皿に盛られたお料理。

これにご飯と汁物、かな。
玄関にあった看板には、カレーって、書いてあったみたいなんだけどな?
ちょっと不思議に思いながらいただいていたら、やって来ました。

かなりのボリュームです。
育ち盛りの男子高校生でないと、立ち向かえそうにない。
だって前菜でかなりの量、いただいてるし。
もうお腹、一杯になりかけてるんですけど。
カレーは、美味しかったです。
ルーも美味しい。
乗ってるとんかつもさっくり上がってさらに美味しい。
トッピングのお野菜も。
ただね、量が多い。
副菜に添えられた小鉢には、何故か豆腐が置かれている。

お味は全部いいのですが、何しろ量が。

50過ぎのおばさんの胃には辛いものがありました。
申し訳ないけど、途中でギブアップ。
残すのがもったいないほど美味しかったのですが。
できたらお持ち帰りしたかったくらい。

そして、とどめもとい、締めのデザート。

半端ない大きさの水ようかんです。
でもね、デザートは別腹。
きつかったけど、美味しくいただきました。

お腹がパンパンです。
今日の晩御飯、入らないな。

働く細胞ブラック

はたらく細胞』と言うマンガシリーズがありまして、そのスピンオフ作品だそうです。
身体の中の赤血球や、白血球など細胞たちが擬人化されてその働きぶりを、ストーリー仕立てで紹介されています。
オリジナルの『はたらく細胞』も持っているのだけれど、こっちは、主人公の赤血球がドジっ子の女の子で、白血球が格好いい無骨なイケメンさん。
どちらかと言うとほんわかした和み系のマンガなのに対して、こちらは確かにブラック。

主人公が赤血球と白血球なのは一緒ですが、赤血球はメガネのオタクっぽいお兄さんで、白血球がセクシーなグラビアお姉さん。
ちょっとアダルト設定です。

はたらく環境も、とてもブラック。
彼らのはたらく身体は、成人病、水虫、ED、ストレス脱毛症などなど、病気もいっぱい。
オリジナルの方も、インフルエンザになったり、脱水症になったりしてますけど、こっちはさらに過酷な環境です。

おまけに、酒浸りでヘビースモーカーらしい。
でもって、風俗(?)で淋病なんかに感染してるし。
二巻では、心筋梗塞で危うくシリーズ終了の危機に瀕しているし。

おい、しっかりしろよ〜。

と言いたくなる。
アルコール浸りの赤血球が、二日酔いになっている場面など、身につまされます。。
自分が二日酔いの時は、赤血球もこんな感じになっているのかな、なんて思ったりして。

主人公の赤血球君が働く血管は、コレステロールの塊が沈着してボロボロ、時々は血管が詰まって逃げ遅れた赤血球の死体が折り重なっていたりして。
ちょっとグロいかも。

あまりにもブラックな職場環境のせいで、おかしくなってしまう免疫細胞達、ストレスで毛根の細胞を攻撃して脱毛になってしまいます。

それでも、愚直に働き続ける細胞達。

二巻では心筋梗塞を起こして、この世界の終わり、を経験する細胞達ですが、三巻にはさらに過酷な事態が待っているらしい。
健気に頑張る細胞達のためにも、ちゃんと健康的な生活しないと、いけないなぁ、と思ってしまう漫画なのでした。

十月の反省


食費 32,419円
日用品 3,499円
贅沢費 39,590円
予備費 15,759円
合計 91,267円
(18,733円黒字)

今月は無事に黒字にできました。
良かった良かった。

食費はね、実は相方のおじさんが家にいることが少なくて、料理らしい料理をほとんどしなかったのが、大きい。
その分、娯楽費がかかってるのは、お惣菜代分。
母のところに行っていた間の経費は、予備費から出したので、そっちもちょっとかかってます。

このあたりのバランスが、なあ。

まぁ、今月はそこそこ予算クリアできたので、良しとしよう。
来月もこの調子で。






おまけ
今日のにゃんこ

猫相の悪いヘビースモーカー、、、、
な訳ではありません。
本当は、穏やかなおとなしいお猫さん。
入居者さんたちのアイドルです。

それにしても、灰皿、なんでそこにあるのだろう??

ハロウィン

今夜はハロウィンですね。

今年は10月に入ってからハロウィン関連のニュースが多いような気がします。
日本でも各地でハロウィン絡みのパレードやイベントがあるからでしょうか。
いつも聞いてるAFNの沖縄局では、番組の合間に日本文化を紹介するコーナーがあるのですが、そこでも10月に入った頃から、番組ホストのまり・グレゴリーさんが
『沖縄の普通の家庭では、ハロウィンの行事は、まだ一般的ではないので、よく知らないお宅に仮装して押しかけないように』
と呼びかけてましたっけ。

沖縄はやっぱり、基地問題あるし、気を使うのだろうな。
でも、私も夜に突然知らない集団がマスクして(=顔隠して)やってきたら怖いだろうな。
最近の小学生は、大人くらいに大きいですもの。

でも今年のハロウィンは、平日の週のど真ん中の水曜日なので、割と静かなんではないでしょうか。
と思ってたら、渋谷は大変だったらしい。
ニュースでは、機動隊が出動したり、火事になったりと散々だったみたいですね。

鹿児島はこの時期は、11月3日にあるおはら祭の方がメインで、あまりハロウインはね、という感じだったのですが、そういえば先週の日曜日に中央駅のアミュプラザを歩いていたら、うさぎの格好をした二人づれの女の子たちが、割といたっけ。

欧米風のセクシーなBunny girlではなくて、兎の耳を頭につけて、バレーのチュチュみたいなふわふわでフリルついたの白いワンピースを着た兎っ娘たち。
いくら体格が欧米化しているとはいえ、やっぱり平たい顔族のアジア人の女の子は、体型も凹凸控えめですからね。
ふわふわしたうさ耳と白ワンピの方が、無理なく可愛いと思います。


テレビでやってるハロウィンの起源についての特集を見ると、そもそもはケルトのお盆祭りみたいなものらしい。
たしかに日本のお盆だって、縁日で狐のお面かぶったり、浴衣着て踊ったり、ちょっと仮装イベントっぽい。
うちの田舎の盆踊りでは、踊り手は猟師や、侍の扮装するしな。
原点は、だいたい世界中、同じような感じなのでしょう。

ただ、日本のお盆は夏の真っ盛り。
秋祭りも九月だし。
秋から冬にかけての日が暮れるのが早くなってきて、夜が長くなり、なんとなく心寂しくなるようなこの時期、心がウキウキするような華やかなイベントって、今まではなかった気がします。
ごく限られた地方にならあったのかもしれないけど、そこまで華やかさはなかっただろうし。

そこいくと、アメリカ渡来のハロウインは華やかだし、舶来もの好きの日本人心をしっかり掴んだのではないでしょうか。

街角のお店のディスプレイが、明るいオレンジの装飾品でいっぱいになるのも、ちょっと怖いマスクが飾られるのもなかなかに楽しいものがあります。
子供が仮装して家々を回って、お菓子をもらって歩く方が、十五夜の団子を縁側から盗んでいくよりもオシャレ感もあるし。

普段とちょっとだけ違うことして、楽しむのは良い事だと思います。
ニュースでは、社員が全員仮装して出勤してくる会社が取り上げられていました。
なんか楽しそうです。
きっと、保育園とか幼稚園でも仮装して楽しんだのでしょうね。

ただ、無礼講があんまりエスカレートして、困ったことにならないと良いな、とおばさんは余計な心配をしてしまうのでした。



おまけ

かぼちゃと柿が一緒に生っている不思議な光景。
柿の木にかぼちゃの蔓が巻き付いていました。