とりあえず始めてみます老いじたく

ねんきん定期便をきっかけに老活してみることに

その辺の事情


在宅訪問診療には”在宅”の文字が入っていますが、施設に入居されている患者さんのところに、ももちろんお伺いしております。

一部、私たちが行けない施設もあって、いわゆる”特老”と呼ばれる特別養護老人施設は、常勤医がいるのが建前なので、医療は別となります。
なので、今まで長いことおつきあいがあった患者さんでも特老に移るとなると、『さようなら〜、長いことお世話になりました〜』になっちゃうんですね。
特老は終身利用の場所なので、最後の看取りまでしてくれます。

さて特老でなくても、最近は最後の看取りまでしてくれる施設も増えてきました。
看取りとなるお年寄りは全員が全員、老衰、とは限りません。
癌で亡くなる方も、けっこういらっしゃいます。
癌性疼痛の治療のための麻薬の投与や、比較的副作用が少ない抗がん剤の投与も、大抵の施設ではしてくれます。
実際、お年寄りの最期は老衰でも、癌でも、肺炎でも症状は割と穏やかなことが多いです。
歳をとると、病気に反応する力も衰えるのでしょうね、それがいい意味で、体の負担を減らしてくれているような気がします。
なんとなく寝てばっかりいるようになって、ご飯も食べなくなって、なんとなく徐々に弱っていって、と少しずつ進行することが多い。

とある施設の入居さんも、そんな感じの方でした。
ホルモン系の抗がん剤を服用されていますが、それだけ。
痛みもないのか、痛み止めは使っていません。
最近、元気が無くなって、食事を勧めても『いらないの』『食べたくないの』と。
そういう時、うちのクリニックでは『無理せず、食べられるだけ食べてもらう』という方針です。

中には家族が『どうしても栄養を取らせたい』『何もしないのは嫌だ』と希望されることもあります。
そういう時は、これもまた自然の経過ですよ、と一応は説明するけど、近しい家族に死が近づいていることを受け入れ難いのも、また人情。
なので、場合によっては点滴を続けたり、胃瘻を作るための手配*をしたりします。

この方の場合は、身寄りがほとんどない、とのことで胃瘻も点滴も希望なし。
訪問時はベッド内で寝ていることが多いですが、声をかけたらにこにこと笑顔を見せて、返事もしてくださいます。
徐々に進んで行くにしても、まだまだ良い時間が過ごせそう。
と、診察が終わって帰ろうか、という頃になって施設の担当の方から『最近、癌が大きくなってきているんですけど、このままで良いんでしょうかね』と。
服用中の抗がん剤がもうあまり効いてないんですね。
それで、さらなる治療をしなくて良いのかどうか、施設としても気になるところです。
本人の強い希望があって、無治療の方針ならば、それはそれで良いのです。
もし痛みが出てきたとしても対応できますし、その他の辛い症状も、緩和する治療はしていけます。
ただ、抗がん剤の変更などの積極的治療となると、さて。

改めてカルテをチェックしましたが、そこのところがはっきり書いていない。
本人はというと、確かにあんまり積極的な治療はしたくなさそうだけど、本当にそうかどうか、認知症もあってはっきりしません。

結局、他のスタッフが事情を知っていました。
なんでも十数年前に癌と診断された時点で、本人が明確に積極的な治療はしない、と言い、その方針で過ごしてきたこと。
幸い癌の進行が、本当にゆっくりで今に至っている、ということが判明。
というわけで、この方の場合は一件落着、だったのです。

でも今後、こういうケースって増えてくるんじゃないか、と思うと、ちょっと心配になりました。

今回は、事情を知っているスタッフがいましたけど、なんしろ転職、離職の多いこの業界。
本人の治療や最期についての希望がどうなのか、そのあたりの事情や経緯をちゃんと知っていて、説明してくれる人がいない、という場合もあり得ます。

長いこと関わりをほとんど持たなかった親族や家族が突然やってきて、事態をごちゃごちゃにして、結果、不幸なことになる、という状況が珍しくもない昨今。
さらに、うるさい身内(失礼!)がいなくても、倫理的にどうなのか、を事情を知らない第三者が介入してくることだってあり得ます。
そんな時、本人や本人に関わる周りの人たちの安寧のためにも、その辺の事情って、ちゃんと文章に残しておくのは大事なんじゃないのかな、と思ったのでした。




胃瘻を作る手配*
胃瘻を作るのはちょっとした小手術になるので、往診のついでにちょこちょこっと、というわけにはいきません。
大抵は、専門の病院に一泊か二泊の入院で作ってもらうことになります。